第95話 イルマの家
翌日――カイエたち五人は、再びレガルタの中心街を訪れたのだが……
「ここで……良いんだよね?」
エマは自信が無さそうに振り向いて、ローズたちに問い掛ける。
イルマから聞いていた彼女の屋敷を訪れると――そこは中心街の外れにあるネゾネットタイプの集合住宅の一部であり、とても『屋敷』と呼べるような建物ではなかった。
「まあ……これが『レガルタスタイル』って奴じゃない?」
イルマ本人に事情を聞こうと言い出したのはエストとエマに――アリスは『人にはそれぞれ事情があるんだから、放って置けば?』と言っていたが……結局行くことになったら、アッサリとついて来た。
そして、ローズはというと――
「えへへ……カイエの考えが解っちゃった……」
カイエの意図を見抜いたことが、よほど嬉しいらしく――いつも以上にベッタリと、カイエにくっついていた。
「わ、私だって……カイエが考えていることくらい……」
妙な対抗心を燃やすエストも、カイエの反対側にピタリと身を寄せる。
「おまえらなあ……まあ、良いか。とりあえず……ノックしてみようか?」
カイエが玄関の扉を叩くと――『……はーい!』と言って現れたのは、イルマ本人だった。
「あら、カイエさんにローズさん、エマさん……皆さん、来てくれたんですね!」
あっけらかんと笑うイルマに――エストとエマが戸惑う。
「え、ええと……突然押しかけてゴメンね!」
「ああ……そうだな、申し訳ない。イルマさん自ら、私たちを出迎えてくれるとは……」
「いえ、良いんですよ……狭苦しいところですけど、どうぞ中へ」
イルマは慣れた調子で、カイエたちを中に案内する。
建物の中は、イルマの他に人の姿はなく――建物の外見通りに、屋敷とは程遠い様子だった。
「お茶を用意しますので……こちらでお待ちください」
カルマたちが案内されたのは――何の変哲もない居間だった。
こじんまりとした部屋に、ソファーセットと、申し訳程度の調度品が並んでいる。
「イルマさん自ら……お茶を入れてくれるのか?」
エストは恐縮したように言うが――
「へ……何を言ってるんですか? 自分の家ですから、お客様にお茶を出すくらい当然でしょう?」
イルマは当然という感じで、キッチンへと姿を消した。
「てめえら……やっぱり、来てやがったか」
入れ替わるように入って来たガゼルは――ターバンを外しており、魔族特有の尖った耳を顕わにしていた。
「おい、ガゼル……その方が似合ってるぞ?」
「ぬかせ……てめえみたいに、人の家で女とイチャつくような奴に言われたくねえぞ!」
ガゼルは憮然とした顔で応える。
「何だよ……
「てめえ……ふざけたこと言ってると、本当にしばくぞ!」
「ガゼル……お客様の前で、騒がしいわよ!」
あっという間に戻って来たイルマは――トレイの上に、六人分のお茶が入ったカップを載せていた。
「あ、ごめんなさい、ガゼル……あなたの分までお茶を用意しなかったわ」
「お、お嬢……俺の分は良いから!」
「駄目よ、ガゼル……あなたも家族なんだから!」
イルマはニッコリと笑うと、
「今すぐ、用意してくるから……ああ、皆さん、先に召しあがっていてくださいね!」
息を弾ませながら、楽しそうにキッチンへと戻って行くと――ガゼルは何故か、顔を引きつらせていた。
その意味に――五人は気づいていた。
「えっとー……お茶を出してくれたんだよね?」
エマが青い顔をしている理由は、イルマが持ってきたお茶にあった。
カップの中身はどす黒い色の液体で――とても飲み物とは思えない異臭を放っていた。
「ガバ茶って、名前らしいけどな……こいつだけは、さすがに俺も付き合えないぜ。さあ、遠慮はいらねえから……存分に味わってくれよ!」
ようやく道ずれを見つけた魍魎のように、ガゼルは意地悪く笑うが――
「俺たちがお茶を飲まなかったらさ……悲しむのは誰か、解っているよな?」
カイエは、それを上回る悪魔のような笑みを浮かべていた。
「て、てめえ……」
「ほら……そろそろイルマが、戻って来るけど?」
そして――
ガゼルのお茶を入れたイルマが居間に戻って来ると――五人のカップは空になっていた。
「あら……もう召し上がってくれたんですね。お粗末さまでした!」
嬉しそうなイルマの脇で――ガゼルはぐったりとしていた。
「どうしたのよ、ガゼル……ホント、お客様の前なのに、だらしがないわね!」
「うるせえよ、お嬢……俺のことは、放って置いてくれ」
口こそ悪いが献身的なガゼルに、ローズたち四人は感心するが、
(何か……カゼルって、ツンデレっぽいよな?)
カイエだけは、全然別のことを考えていた。
しかし――
「ああ、みなさんにも気に貰えたようですし……お代わりを持ってきますね?」
「「「いや、遠慮します(するわ)!」」」
五人は声を合わせて応えるが――
「良いんですよ……遠慮しないでくださいね!」
天然系お人好しのイルマは――彼らの意図など、全く気づいていなかった。
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