第89話 会食
その日の夕方、カイエたちは『
丸いテーブルを囲む顔ぶれの中に、何故かイルマとガゼルの姿があった。
「せっかく助けて貰ったのに……あんな態度を取ってしまって、本当にごめんなさい! せめてものお詫びに、夕食くらいご馳走させてください!」
騙されていたとはいえ、
心から申し訳なさそうに言うイルマに対して――申し出を無下に断るほどの理由もなかったから、こうして七人で食事をすることになったのだ。
「ところで……イルマさんには、誘拐されるような心当たりはあるの?」
小麦粉で作った白い皮で肉を包んだ料理を頬張りながら――エマが彼女らしいストレートな質問をする。
ちなみに彼らがファーストネームで呼び合っているのは――互いに自己紹介をしたときに、カイエたちが申し合わせて姓を名乗らなかったからだ。
だったら私たちも同じように呼んで欲しいと、イルマも申し出ていた。
「ちょっと、エマ……もうちょっと遠慮しなさいよ! イルマさん、ごめんなさいね」
アリスが窘めるが――
「いえ、アリスさん、良いんです……私は最近、祖父の遺産を相続することになりまして。おそらく、それが原因だと思います」
「おい、お嬢……」
ペラペラしゃべるんじゃないとガゼルが睨むが、イルマは舌を出して、別に良いじゃないのと話を続ける。
「私の祖父はチザンティン帝国の侯爵でして……爵位は伯父が継承しましたが、結構な額の遺産を私に残してくれたんです」
「もしかして、イルマさんのお爺様というのは……グレミオ・バルガス侯爵のことか?」
エストが少し驚いたような顔で問い掛ける。
「ええ、そうです……エストさんは、祖父のことをご存知なんですか?」
「……いや、知ってるも何も。あの『白き狼』と呼ばれるバルガス侯爵を、知らない者ななんていないだろう?」
大陸南部に広大な版図を構える強国チザンティン帝国――バルガス侯爵は、そんな帝国を豊富な経験と機知で支える重鎮だった。
ローズたち勇者パーティーは、諸国を転戦していたときに彼と出会い――年長者に相応しい幾つもの助言を受けていた。
だから、彼女たちはバルガス侯爵と本当に知り合いだったが――そんなことを話してしまえば、勇者パーティーであることまで説明する羽目になると、エストは途中で誤魔化したのだが……
「そうなんだ……グレミオお爺さん、亡くなっちゃったんだね」
エマはエストの意図など全く気づきもせずに、しんみりした感じで言う。
「私は……ずっと離れて暮らしていたので、祖父のことをよく知らないんです」
イルマは気づいていないのか詮索などせずに、寂しそうに応える。
「それなのに……私に遺産を残してくれるなんて、可笑しいですよね?」
「お嬢……もう、それくらいにしたらどうだ?」
ガゼルは素っ気ない感じで言うが――イルマのことを気遣っているのが傍目にも解った。
「ところで、アリス……交易の話は上手くいったの?」
イルマたちがいる手前、魔族の動きについては話しづらかったから――ローズはアリスのもう一つの要件について話題に出した。
「ああ、その件ならバッチリよ。グレゴリー・ベクターって人を紹介して貰ってね。明日の昼に会うことになったから、みんなも付き合ってくれるわよね?」
アリスは暗殺者ギルドの情報網を使って、今回持ち込んだ物資の取引きをする相手を探していた。
それなりに資金力があって信用もできるという条件で、あらかじめピックアップして貰った人物の中から――取り扱う商品や人柄などで絞り込んで、アリスの方からオファーを出したのだ。
「ベクターって交易商なら、レガルタでもやり手として有名だぜ」
応えたのはガゼルだった。
「へえー……ガゼルは詳しいのね?」
イルマは感心するが、
「お嬢……レガルタの住人なら、これくらい知ってて当然だからな!」
ガゼルが釘を刺す。
「何よ、ガゼル……そんな言い方しなくても良いじゃない!」
子供のように頬を膨らませるイルマに、ローズたちも思わず笑みを浮かべるが――
そんな他愛もない話をしている彼らを尻目に、カイエは珍しく、ほとんど会話に参加していなかった。
ローズたちが代わる代わる『はい、あーん!』としてくるので、その相手をするのに忙しかったというのもあるが……イルマとガゼルの様子を、じっと観察していたのだ。
「おい……さっきから、何なんだよ?」
そんなカイエの様子にガゼルも気づいており――不機嫌な顔になって、睨み付ける。
「あ、悪いな……別に文句があるとかじゃなくて。おまえたちに、少し興味があってね」
カイエは苦笑すると――
「そのターバンだけどさ……全然似合ってないよな?」
「ちょっと、カイエ……失礼でしょ! ガゼルさん、ごめんなさいね……」
アリスはカイエの代わりに詫びようとするが――ガゼルとイルマの様子が一変したことに気づいて、言葉を途切れさせる。
青ざめた顔のイルマと、殺意を込めたような鋭い視線を放つガゼル。
「てめえ……喧嘩を売ってるのか?」
「いや、そういう意味じゃないんだ」
まあ無理はないかと、カルマは再び苦笑すると――
「俺にもさ……半分は、おまえと同じ血が流れているんだよ」
カイエの言葉に――ガゼルとイルマは、驚愕の表情で凍り付いた。
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