第76話 次の予定


 カイエは面倒臭そうに頭を掻きながら厨房に向かうと――


「おまえらも、もう大分腹もいっぱいだろうから……料理一品と、あとはデザートで良いよな?」


 魔法を無駄遣いすることに懸けては右に出る者がいないカイエは――まさしく彼らしい方法で調理を始めた。


 米と適量の水を入れた鍋を魔法加熱器マジックコンロの上に乗せると――魔法で鍋の中に圧力を掛ける。

 即席の圧力釜で――五分もあれば、ふっくらご飯が炊き上がるだろう。


 その間に同時進行で――冷蔵室から白身と赤身の魚、そして脂の乗ったサーモンを取り出すと、空気の刃エアカッターで柵状に身を切り出す。


 空中に浮かべた三種の魚の切り身を、一瞬で薄く切り分けると――今度は火焔魔法で軽く炙った。


 次に、ちょうど炊きあがった飯に酢をさっと混ぜると――やはり空中で、均等なサイズに小分けにする。

 そして、酢飯の上に先ほどの切り身を乗せると、微妙な魔力を加えて形を整えてから、黒いソースのようなものを塗って、人数分の皿に並べた。


 空中で繰り広げられる自動調理のようなありさま様は――それだけで、女子たちの目を釘付けにするが――


「さあ、出来上がりだ……」


 料理が乗った六枚の皿がゆっくりと宙を舞い、彼女たちのテーブルに運ばれてくる。


「フォークとナイフは使わずに、手掴みで食べてくれよ」


 カイエに言われるままに頬張った瞬間――ほろりと崩れるシャリと、炙られることで香ばしさを加えた新鮮な魚の味が一体となって、口の中に広がった。


「なに、これ……美味しい!」


 六人の女子は顔を見合わせて、驚きながらも、旨さに頬を綻ばせる。


「俺の母方……魔族の伝統料理だ。ホントは魚を生で使うんだけど……おまえたちは食べ慣れていないだろうから、炙っておいたよ」


 カイエは悪戯っぽく笑うと――次の調理を始める。


 取り出したのは――氷結させた苺にチョコレートに、バニラビーンズ。

 それらの食材を魔法で細かく粉砕すると――砂糖と一緒に新鮮なミルクのと混ぜて、攪拌しながら冷やしていく。


 同時に精製した生クリームを魔法で泡立てると、出来上がった三種類のジェラートを乗せた皿にたっぷり盛り付けて――さらにはチョコレートソースて、皿全体に大輪の花を描いていく。


「「「……奇麗!!!」」」


 出来上がった皿を見た女子たちが呟いたのは、その一言で――


 さらにはスプーンで口に運ぶと――彼女たちの幸せな気持ちが、空間に溢れ出した。


「こ、これは……先ほどの料理といい、本当に旨いな!」


 料理の達人のエスト先生すら、思わず息を飲む。


「ホント……冷たくて甘くて、物凄く美味しいよ!」


「うん。カイエ……私、幸せよ……」


 スイーツ好きの女子の心を――カイエは完璧に撃ち抜いた。


 ローズとエストはカイエの腕を取って座らせると、左右から『はい、あーん!』と始める始末であり、それを見たエマも『ずるーい、私も!』とすぐに参戦した。


 そんな彼らを、エレノアは生暖かい目で眺める。


「でもカイエ……さっきの料理もこれも、私も初めて食べるけど。まさか……私一人のときは手を抜いてたんじゃないわよね?」


 学習したエレノアは笑顔のままだったが――目つきが怖くなった。


「いや、あの頃は新鮮な食材が手に入らなかったし……そこまで余裕がなかったってとこかな?」


 かつての時代は――人と魔族の戦争が日常的に起きていたから……物資的にも精神的にも、そこまで余裕はなかったのだ。


「へえ……まあ、そういう事にしてあげるわ」


 エレノアは意地の悪い顔をするが、とりあえずは納得したようで――三人の隙を突いてアリスが『はい……私のも食べなさいよ!』とツンデレっぽく参戦してきたのを、ニマニマした顔で拝めていた。


「ところで……おまえたちは、これからどうするのだ?」


 アルジャルスも、すっかり料理に満足したようで――目の前のピンク色の空間に何故か恥ずかしそうに頬を染めながら、別の話題を振ってきた。


「魔族に関する情報を集めておるのだから……また残党の討伐に向かうのか?」


 魔族の船団との戦いや、シルベスタ近辺の動きなど――魔族の動きについては、カイエたちが知っている情報の全てを、アルジャルスとエレノアに説明している。


「いや、俺たちもこれまで以上に警戒はするし、向こうが来るなら排除するけど……こっちから仕掛けるつもりはないよ」


 魔族の残党が戦力を増強するように動いたとしても――それが戦いに直結する訳ではないのだ。

 余程過激な思想を持っている者でなければ、自分たちが不利な状況で戦いを仕掛けてはこないだろう。


「元々、俺たちは世界中を観光して回るつもりだったから……そろそろ聖王国を出て、他の国まで足を伸ばそうかと思ってるんだけどな」


 ここでカイエは、少し渋い顔をする。


「ただ、移動手段がな? 黒鉄の塔があれば海を渡るのも問題ないけど……毎回俺が魔力を付与して派手に動かすのも、何だかなあって感じだし。かと言って、チンタラ移動するのも性に合わないんだよな」


 カイエが強引に魔力を付与して、黒鉄の塔で海上を爆進した事を説明すると――『また何を強引なことをやってるんだ?』と、アルジャルスは呆れた顔をする。


「だったら……それこそ船でも作れば良いのではないか? 材料なら……ほれ、ちょうど近くにハインガルド遺跡もあることだし。良質な結晶体クリスタルも、我の地下迷宮ダンジョンで手に入るだろう?」


 アルジャルスの提案に、カイエはなるほどと頷く。


「そうだな……一月もあれば、船くらい作れるだろうし。その間、みんなはアルジャルスの地下迷宮ダンジョンに潜って、鍛錬するってのも悪くないか? だけどさ……おまえが居る階層に入るために、毎回転移地点テレポートポイントを探し回るのは面倒だな?」


 アルジャルスが居る階層の入口は魔法で隠されている上に、毎回場所が変わるので――カイエは魔力を放出しながら、表の最下層を徘徊して探さなければならなかった。


「うむ……ならば、これを貸してやろう」


 そう言って、アルジャルスはカイエに古風な腕輪(ブレスレット)を渡した。


「その腕輪を嵌めて填めてキーワードを唱えれば、我がいる階層に転移できる」


 何だよ、便利なモノがあるんじゃないかと、カイエは顔を顰めるが、


「ただし、タダでは貸さぬ。その代わりに……」


「……何だよ?」


 何を言い出だすのかと、カイエは疑わしそうに見るが――


「おまえたちが、ここに滞在している間……食事をするときは、必ず我も同席させてくれぬか?」


 アルジャルスは目を逸らして、恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「おまえたちの料理は……まあ、我の口に合わぬことはないし。こうして話をするのも……暇つぶしにはなるからのう」


 結局のところ――料理の味も、ローズたちのことも……アルジャルスはすっかり気に入ったようだ。


「なるほどね……俺に異存はないけど。みんなはどうだよ?」


 そんな彼女を揶揄からかうほど、カイエは悪趣味ではなかったし――


「神聖竜様なら、大歓迎だわ!」


 ローズたちも、それは同じ気持ちだった。


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