第67話 次の一手


 嬉し泣きするシルベーヌ子爵と、頬が緩みっぱなしのクリス、そして憮然とした顔で蟀谷こめかみをヒクつかせるアーウィン――


 そんなカオスな環境で、恨みがましい目をするアイシャに――


「また今度、遊びに連れて行ってやるからさ? 暫くは次の領主になるための修行だと思って……まあ、色々と頑張れよ」


 カイエはかなり適当な感じで言うと、シルベーヌ子爵の城を後にした。


「な、なあ、カイエ……せっかくシルベスタまで来たのだから、そのう……カラスヤの森を散歩しないか?」


 もう少し二人きりで居たいというエストの気持ちを察して――小一時間ほど森を散策した後、カイエは『伝言メッセージ』でローズとやりとりして、シャルトに居る彼女たちと合流した。


※ ※ ※ ※


 港に浮かぶ帆船を改造した海上高級食堂レストラン――シャルトでも新鮮な魚介類を出すことで有名な店には集まって、蟹や海老、牡蠣などの素材を生かした料理を存分に味わった。


 周りの客が完全に引くほど――高々と積み上げられる二つの皿の山……


「この店の料理は……やはり何度食べても旨いな。君たちにも気に入って貰えたようで、私も安心したよ」


 エマよりも高く積み上げた皿を前に――胸元を強調するドレス姿のジャグリーンが、カイエに流し目を送る。


「確かに美味しかったけど……何でジャグリーンが一緒なのよ?」


 不満げなローズが、ジャグリーンの視線を遮るように身を乗り出す。


「いや……私はカイエに呼ばれたんだが?」


 余裕の笑みを浮かべるジャグリーンに――みんなの視線がカイエに集まる。


「ああ、俺が呼んだんだよ……魔族の残党の事で、こいつに調査を依頼していたからな?」


 カイエはジャグリーンに――捕らえた魔族から得た情報の裏を取るように依頼していた。

 それでも緊急性がないことは先に確認しておいたから、アイシャが居る間は彼女との約束を優先して、話を先延ばしにしていたのだ。


「何だ、仕事の話だったのか……残念だな?」


 ジャグリーンは惚けた感じで、思わせぶりに笑う。


「そういうのは良いからさ……結局のところ、クラーケンは奴らが召喚したんじゃなくて、元々あの海域に居たってことで良いんだよな?」


 カイエはしたり顔で言った。


「ああ。クラーケンクラスの怪物モンスターを召喚できるような輩が居るなら、魔族の残党に対する見方を根本的に変える必要があったがな――さすがに杞憂(きゆう)だったようだ」


 ラグナ群島の近海にクラーケンが居ることを、かつての魔王から聞いていた上級魔族たちが、人間たちへの復讐のために利用しようとしたというのが、今回の事件の背景にあった。


 そもそもラグナ群島の周辺で起きていた船の座礁も、その原因は暗礁地帯ではなくクラーケンであったと思われる。

 クラーケンに襲われて生き残った者はいないから、全ては急に流れが変わる海流と暗礁地帯のせいとされてきたが――座礁したはずの船の姿を、カイエたちがラグナ群島の近辺で見ることはなかった。


 しかし上級魔族たちも、強大なクラーケンを完全に支配するまでは至らず、海賊行為をしながら雌伏の時を過ごしていたところを、ジャグリーンに目を付けられ、挙句の果てにはカイエたちに討伐されてしまったのだ。


「魔族の残党の中には、今回のクラーケンの他にも、強大な怪物モンスターの居場所を知る者が少なからず居るようだが……その情報は一部の上級魔族や魔将クラス――所謂、かつての魔王の側近たちが秘匿しており、怪物モンスターの数も、それが何処に居るのかも、掴むことはできなかった」


「それは当然だろう。万が一にでも、勇者パーティーに情報を知られたら、虎の子の怪物モンスターが各個撃破されるからな。

 奴らにしたって、クラーケンクラスの怪物モンスターが複数いないと、勇者パーティーに対抗できないことくらい解っているさ」


 例えばクラーケンは、力だけなら魔王に匹敵するかもしれないが――力に加えて、最上位魔法すら操る魔王の敵ではない。

 だから、その魔王すら一太刀で仕留めた勇者ローズに勝てる筈もないのだ。


 とは言え――毎回その場にローズたちが居合わせられる訳でもないのだから、脅威であることには違いないのだが。


「まあ、この前の魔族は……クラーケンを支配していたと言うより、俺たちの方に何とか敵意を向けさせたってレベルだったけどな? あのクラスの怪物モンスターを完全に支配下に置かれたら、それなりに厄介な事にはなるな」


 カイエの言葉に――ローズたちは深刻な表情を浮かべるが、


「だからって……何処に居るかも解らない相手を、虱潰しにする訳にもいかないし。そもそも奴らが怪物モンスターを使って行動に出るかも解らないからな。とりあえず警戒しておく必要はあるけどさ……今から心配したって仕方ないだろう?」


 そんな彼女たちに、カイエは気楽な感じで応じる。


「そうね……魔族の残党だって、戦いを望んでいるとは限らないわよ」


 魔族と人間が和解したというレベルではなくても――戦況的に不利だから等の理由で、魔族側が戦いを望まない可能性も十分にある。


 これは人間同士の戦争も同じで、敗れた側が戦力を手に入れたら、即座に再戦を挑むという訳でもなく――勝者側が弾圧を続けているなど特別な要因でもなければ、一度敗れた側があえて不利な状況で戦いを仕掛ける意味は無かった。


「普通に考えればそうだが……現実問題として、商船を襲っていた者たちがクラーケンまで使ったことを考えると、楽観視する気にはなれないな」


 エストが懸念を口にすると――カイエは悪戯っぽく笑う。


「俺だってエストの気持ちも解るからさ……きっちり警戒はつもりだよ。魔術士協会にギルドに教会……そっちの方は、おまえたちに任せるからさ。俺は別の伝手を使うことにするよ――さすがに、あいつの機嫌も直ってるだろうからな?」


 カイエが誰のことを言っているのか――エストたちはすぐに気づいた。


「カイエ、まさか……」


「ああ。おまえたちだって、きちんと礼をしたいって言ってただろう? ついでに、あいつにも一枚噛ませようって思ってね」


 カイエが神聖竜アルジャルスに何をさせるつもりなのかは知らないが――それでは礼をすべき相手に、さらに仕事を押し付けることにならないかとエストは疑問に思うが、


「俺だって、あいつの言うこと何でも聞くって約束したんだ。取引としては対等(フェア)だから、別に遠慮するつもりなんてないよ?」


 カイエは当然という感じで応える。


「そうよね……カイエは、私のために神聖竜様と……」


 アルジャルスとの約束の話は、ローズもエストたちから聞いて知っていた。

 自分のせいで、カイエが大きなリスクを負ったことを思い出して、彼女は申し訳なさそうな顔をする。


「……あのなあ、ローズ?」


 そんな彼女の顔を――カイエは覗き込んで、揶揄からかうように笑い掛ける。


「俺は好きでやったんだから……そんな顔するなよ? 別に大した話じゃない。そんなことよりも、俺にとって何が一番大切なのか……おまえにだって解るだろう?」


「……カイエ!」


 いきなり始まった熱愛シーンに――ジト目のアリスと、『し、しまった、乗り遅れた!』という顔のエストに、指を咥えて羨ましそうなエマ。そして――


「今……確かに、神聖竜様と言っていたな?」


 一人蚊帳の外だったジャグリーンは――したり顔で笑っていた。


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