第57話 船って言うか…


 朝市でしか手に入らない新鮮な食材を買い足すために――六人は市場に寄ってから海軍基地へ向かった。


 カイエたちが突然やって来たにも関わらず、ジャグリーンはすぐに通してくれたが――


 白い海軍の制服を着た彼女は、山積みの書類と格闘していた。


「朝から君たち総出とは……何かあったのかな?」


 部屋に入ってきた六人を見て、ジャグリーンは訝しそうな顔をするが――すぐに書類の山に視線を戻して作業を再開する。


「出航前に片付けなければならない仕事を、結構抱えていてね……申し訳ないが、急務でなければ後にして貰えないか?」


「ふーん……随分な対応をするじゃない? 人にモノを頼んでおいて……」


 アリスが文句を言い掛けるが――カイエは視線で止めると、意地の悪い笑みを浮かべる。


「いや、急ぎって言うかさ……魔族討伐の予定を前倒しにして、今すぐ出発しようって話なんだけど?」


 ジャグリーンはペンを止めて、再び顔を上げると、


「冗談に付き合っている暇はないと言ったつもりだが……まだ物資の積み込みも終わっていないのに、出航できる筈がないだろう?」


 肩を竦めて、いつもの余裕の態度で言うが――


「……おい、勝手に冗談にするなよ? 俺は本気だし、必要な準備は全部こっちで済ませてあるからさ」


 カイエは揶揄からかうように笑った。


「俺たちは……おまえのやり方に従う気なんてないんだよ? 魔族を討伐するのに海軍の船なんて必要ないし、無駄に時間を浪費するつもりもない――今すぐ出発するからさ、さっさと支度しろよ?」


 『そういう事だから!』という感じで、ローズたちも当たり前のように彼女が動き出すのを待っていたから――ジャグリーンも、カイエが本気だと悟った。


「幾つか急ぎの用件があるのだが……それが終わるまで待つ気はないようだな?」


 彼女は諦めたように椅子から立ち上がる。


「どうせすぐに終わらせて戻って来るんだから、それからでも問題ないだろう?」


 当然だろうという感じで、カイエは応える。


「解った……最低限の荷物だけ用意するから、十分だけ待ってくれないか?」


 もう抵抗するだけ無駄だろうと、ジャグリーンはすぐに行動を開始した。

 私室に戻って着替だけ鞄の詰めると――きっちり十分後に戻ってくる。


「私にこれだけ急がせておいて……冗談だったら、只では済まさないからな?」


 余裕の笑顔のまま、冷ややかな視線を向けてくるジャグリーンだが――


「ああ、絶対に期待は裏切らないから……せいぜい楽しみにしてくれよ?」


 カイエはしたたかな笑みで応えた。


※ ※ ※ ※


 海軍基地まで馬車で乗り入れていたから――偽造馬フェイクホースと黒鉄の馬車の異様さに、海軍の兵士たちが驚愕の視線を集めていた。


 そんな兵士たちの反応など意にも介さずに、カイエたちはジャグリーンを連れて馬車に戻ると、すぐに出発した。


 馬車に乗るなり、ジャグリーンは――


「……何故、涼しいんだ? まさか魔法で室温を調節しているのか?」


 快適過ぎる車内に驚いていたが、


「気持ちは解るけど……こんなんで驚いてたら、疲れちゃうと思うよ?」


 エマの同情するような視線に――ジャグリーンは一抹の不安を覚える。


 馬車は基地を出るなり、カイエが船を停めているであろう港とは逆の方向に進んでいった。

 このまま進めば――港湾都市シャルトを後にして、街道に出ることになる。


「カイエ……君の船は、シャルトの港に停泊しているのではないのか?」


 ジャグリーンの問い掛けに――想定外の相手が反応する。


「え……カイエの船って、収納庫ストレージに入れてあるんじゃないの?」


「いや、そうだとしても……港のように水深がある場所でないと、外洋に出られるような船を浮かべることができないだろう?」


 エマとエストが、こんな会話を始めたものだから、


収納庫ストレージから船を出すって……)


 ジャグリーンの不安は、どんどん膨れ上がるが――


「今さら何を言ってるのよ? カイエなんだから、普通のやり方をする筈が無いじゃない!」


「そうね……私もローズに賛成だわ」


 さも当然と言う感じでローズとアリスが言うと――


「ああ、そうだよね! カイエがやることなら仕方ないか!」


「まあ、確かにな……常識などに囚われたら、カイエの傍にいる資格はないか……」


 エマとエストもアッサリ同意したので……もはやジャグリーンは、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。


 それから暫くして――黒鉄の馬車が止まったのは、彼らがジャグリーンが会ったビーチだった。


「ここは……」


 どうしてカイエがこんな場所に連れて来たのか、ジャグリーンは疑問に思っていたが――それは、勇者パーティーの面々にとっても同じようで――


「ここから船を出すとか……まさか、空飛ぶ船とか言うんじゃないでしょうね?」


 アリスが疑わしそうな顔でカイエを見ると、


「まあ、時間があれば作っても良いんだけどさ……船なんてあっても、邪魔なだけだろう? 別にシャルトでも良かったんだけどさ、ここなら人目につかないかと思ってね……」


 そう言ってカイエは――混沌の球体を出現させた。


 球体は上空に舞い上がり、水平に広がって行くと――巨大な黒い円の中から、黒鉄の塔か降りてくる。


「な……」


 あまりの光景に、ジャグリーンは言葉を失うが――


「こんなものを出して、どうするつもりよ?」


「今日はここでキャンプをするとか?」


 アリスたちは見慣れたものだから、たわいもない感じで話をしている。


「まあ、適当な船を用意しても意味がないからさ……こいつを使って移動しようと思ってね?」


 確かにカイエの塔は『浮遊フロート』の魔法を常時発動させているから、海の上でも浮かんでいられるが――


「どうやって移動するつもりなんだ? これだけ大きな建造物を動かすには……相当な魔力が必要だろう?」


 エストの問い掛けに……カイエはしれっと応える。


「そんなの簡単だよ……俺が魔力を付与するだけだからさ?」


 そして一時間後――


 直立したまま海原を突き進む黒鉄の塔の屋上で――ジャグリーンは灰になって固まっていた。


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