第56話 付き合い方
エストの料理教室は、まだ暫く続きそうだったので――カイエはアリスと二人で、買い出しに出ることにした。
急遽、明日出発するのことになった上に、ジャグリーンの船も使わないつもりだから、今日中に必要なものを買い揃える必要があった。
「カイエ、あんたが用意する船なら、食材の保存については問題ないのよね?」
「まあね……生の食材で大丈夫だから、肉でも野菜でも好きなものを買えよ。荷物持ちは俺がやるからさ」
「へえー……カイエにしては良い心掛けじゃない?」
午後もやっている市場を二人で歩きながら――肉や野菜に果物、小麦粉に塩に香辛料……さらには大量の酒を買い込む。
買い物をしている間――どういう訳かアリスは機嫌が良かった。
必要なものを買い込んでいるというよりも、買い物自体を楽しんでいる感じで、自然と足取りも軽かった。
「こんなところかしら……とりあえず二週間はもつと思うけど。ソッコーで終わらせるとか言ったんだから、それ以上掛かるとか言わないわよね?」
アリスはホクロのある口もとに、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ああ、十分過ぎるくらいだよ。ところでさ……結構な量の酒を買ってたけど、誰が飲むんだよ? アリス以外は、ほとんど飲まないだろう?」
カイエ不思議そうな顔をするが――
「良いのよ、全部私が飲むから! ローズたちは、お酒の味はあんまり解らないみたいだと……カイエ、あんたはどうなのよ?」
「まあ、嫌いじゃないって言うか……どちらかと言えば好きな方かな? ローズが飲まないから機会がなかっただけで、昔はよく飲んだよ」
カイエにとっての『昔』とは――失われた都市アウグスビーナの遺跡で眠りに就く前のことだ。
アウグスビーナが繁栄していたのは千年以上前だと言われているから……遥か昔に、カイエが伝説の都市で盃を傾ける姿を想像して、アリスは思わず笑ってしまう。
「だったら……今晩私に付き合いなさいよ? 一緒に飲む相手がいなくて、ちょっと退屈してたんだから」
何笑ってんだよと、カイエは不満そうな顔をするが――
「まあ、そうだな……久しぶりに、じっくり飲むとするかな?」
そう言って、明け透けな笑みを浮かべる。
「言質は取ったからね……途中で寝るとか、絶対に許さないわよ?」
念押しするアリスは――実に楽しそうだった。
※ ※ ※ ※
買物の後、二人は宿に戻ると――ローズたちと合流して、外で夕食を取ることになった。
このところ魚介類ばかり食べていたから、エマのリクエストもあって串焼きの店に行き、様々な種類の獣肉を堪能した。
満腹で宿に戻った六人は、風呂に入ってから暫くは、たわいもない話をしていたが――
「ほら、カイエ……飲むわよ!」
アリスとカイエが酒を飲み始めたので、『私も!』という感じでローズ、エスト、エマも参戦するが……慣れない酒にすぐに酔いが回ったのか、一人二人と脱落していき――
「エミーお姉様……ベッドで寝ましょうよ!」
アイシャがエマを寝室まで連れて行き、ローズとエストは、カイエがお姫様抱っこで部屋に運ぶことになった。
結局、夜中のリビングに残ったのは、カイエとアリスの二人だけで――
「みんな、勇者パーティーのくせに……だらしないわね?」
そんなことを言いながら……アリスも少し酔いが回ったのか、ほんのりと顔が赤かった。
「いや、あのなあ……魔法を使えば酔いなんてどうにでもなるのに、『お酒を冒涜する気?』とか言って、おまえが止めたんだろうが?」
「だって、当然じゃない……せっかくの酔いを魔法で醒ますなんてナンセンスよ!」
すっかり上機嫌なアリスの隣で――カイエは琥珀色の
「まあ、そう言うなって……飲みたい奴だけで飲めば良いだろう?」
いくら飲んでもカイエの顔色は一切変わらなかったが――彼は旨そうに、酒の味を楽しんでいた。
そんなカイエの横顔を見ながら――アリスは意地の悪い笑みを浮かべる。
「あんたさあ、私が何が気に入らないか解ったとか言ってたけど……本当に解ってるの?」
アリスがジャグリーンについて忠告したとき――カイエはそう言って、今回の行動を始めた。
「ああ、そのことか……」
カイエは苦笑すると――
「だって……おまえは人に縛られるのが嫌いだろう? だから、俺がジャグリーンに縛られるのも、嫌なんじゃないかって思ったんだよ?」
漆黒の目で――真っ直ぐにアリスを見る。
「これでも……アリスに仲間として認められたんだなって、ちょっと嬉かったんだからな?」
屈託なく笑うカイエに――アリスは真っ赤になった。
「……馬っ鹿じゃないの! 私に認められて嬉しいとか、何言ってんのよ!」
怒った顔で捲し立てるが――ほんの少しだけ、頬が緩んでいた。
「ローズも、エストも、それにエマだって……あんたのことを大切に思ってる事くらい解るでしょう! だから、他の女にまで優しくするのは止めなさいよ!」
「それって……アイシャに対してもか?」
カイエは揶揄(からか)うように笑う。
「あの子は……もう今さらだし、良いわよ。将来のことを考えると少し心配だけど……まだ今は子供だからね」
何だよ一応警戒してるのかと、カイエは苦笑する。
「だったら……アリスに対してなら、問題ないよな? 俺にとって、アリスは大切な仲間なんだから」
恥ずかしげもなく、カイエはしれっと言うが――
「だ、だから……そういうのが駄目だって言ってるのよ! まったく、もう!」
結局、アリスに怒られてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます