第52話 対決


 アリスの棘のある視線を浴びながら――それでもジャグリーンは平然と食事を堪能していた。


「嘘……私が負けるなんて……」


 苦しそうに崩れ落ちるエマ――


「何だ、もう終わりか……聖騎士エマも、案外だらしがないのだな?」


 ジャグリーンの前に積み上げられているのは――空になった皿の山、山、山……

 エマがギブアップした後も、彼女の食事は延々に続いた。


「おまえさあ……その身体のどこに、この量のメシが入っているんだよ?」


 カイエが呆れた顔で言う。


 上着を脱ぎ捨てたジャグリーンは、薄物のシャツ一枚と言う格好だったが――鍛え上げられているというのに、きちんと出るところは出ている大人の色香を漂わせるボディラインは、まったく崩れていない。


「何だ……カイエは私の身体に興味があるのか?」


「いや、全然興味ないけど」


「即答か……君もつれない男だな」


 ジャグリーンは余裕の笑みを浮かべると、フォークを置いて立ち上がる。


「さてと……すっかりご馳走になったな。賢者エスト、君が料理の腕まで最強だとは知らなかったよ……本当に旨かった。今日は色々と収穫があったな」


 上着を拾い上げると肩に掛けて、右手を挙げる。


「それでは……明日の十時に海軍基地で会おう。今度は私が奢らせて貰うよ」


 そう言ってジャグリーンが立ち去った後も――エマは暫く、立ち上がることができなかった。


※ ※ ※ ※


 その日の午後――カイエは約束通りに、エストと一緒に鯨に乗っていた。

 

「きゃゃゃゃゃ! カ、カイエ、ぜ、絶対に放さないでくれ!」


「ああ、解ってるって……しっかり捕まってろよ!」


 海面から跳び上がる巨大な鯨――キラキラと輝く水しぶきと、風を突き抜けるような感覚……そして一瞬の空中停止と、その後にやって来る落下の感覚。


「……きゃゃゃゃゃ!」 


 重いモノが水面にぶつかる轟音の直後に、鯨は海の中を潜り抜けて、再びジャンプする。

 エストは絶叫を上げながら――それでも時折見せる輝くような笑みに、カイエも楽しそうに笑い掛ける。


 ジャグリーンのことや、焦げた料理のことなど全部忘れてしまい――この日はエストにとって、最高に幸せな一日になった。


 一方、すっかり空気となっていたアイシャは――


「ほら、アイシャ! もっと頑張って!」


「うん……エミーお姉様!」


 ようやくエマに遊んで貰えて、満面の笑みを浮かべていた。


 小麦色の肌に黄色いビキニのエマが、躍動感のある真夏の美少女の魅力を爆発させると――フリル付きの白い水着が眩しいアイシャは、幼さを残す少女独特の妖精のような可愛らしさを振りまく。


「良かった……エマもアイシャも、楽しそうね」


 ビーチパラソルの下では、ローズとアリスが白いガーデンチェアに寝転がりながら、パッションカラーの冷たい飲み物のグラスを傾けて、ハイソな雰囲気を醸し出していた。


 エッジの利いた赤いビキニスタイルを堂々と晒しているローズに対して、


「私としては……ようやく平和が訪れたって感じよ」


 アリスの方は胸元が露出する黒の水着と花柄のパレオで、ちょっとアンニュイ感じのフェロモンを発散させている。


 ジャグリーンという台風が去り、アリスはいつもの長女ポジションに戻って、落ち着きを取り戻していた。


「確か……アリスとジャグリーンて、昔からの知り合いなのよね?」


 何気ない感じのローズの質問に、アリスは嫌そうな顔をする。


「知り合いというか……あんなんでも、一応私の師匠なのよね。元暗殺者のくせに海軍提督とか……本当に訳の解らない奴よ」


 かつて裏世界で最強の名を轟かさせたジャグリーンは――突然暗殺者ギルドを辞めた後、わずか五年で海軍提督の地位まで昇り詰めていた。


「元々王国諜報部と繋がっていたから、軍に入り込むのは簡単だったみたいだけど……まさか海軍だなんてね? ああ、でもジャグリーンのルーツは海賊らしいから……」


 結構、驚きの事実という感じの話をしているのだが――ローズは全然動じなかった。


「へえー……アリスの師匠って事は、ジャグリーンて何歳なの?」


「さあ……初めて会ったときから、あのまんまの見た目だったから。あの女こそ……本当に化物なんじゃないの?」


「アリスがそう言うくらいだし、ホント化物かもな?」


 いつ海から戻って来たのか、カイエがしたり顔で声を掛けて来た。


「……エストは?」


「ああ、そこにいるよ」


 カイエが促した先には――まだ幸せそうな顔でボーとしているエストがいた。


「……お楽しみだったみたいね?」


 アリスは嫌味っぽく言うが、


「ああ、楽しかったよ……それ、俺にもくれよ」


 カイエは屈託なく笑うと、アリスからグラスを奪って中身を飲み干す。


「あ……あんたねえ、ローズのを奪いなさいよ」


 微かに頬を染めて、アリスは文句を言うが――


「……カイエ!」


 当然のように抱きついて来たローズに……色々となし崩しになった。


「あ……そうだ、忘れてたよ」


 カイエはそう言うなり、まだ波打ち際で遊んでいるエマとアイシャの方を向くと――両手の親指と人差し指でフレームを作って、そこから二人を覗き込む。


 『念写ポートレート』――カイエが発動した魔法は、さらに進化していた。水着姿で戯れるアイシャの姿を、コンマ数秒の速度で連続激写する。


 空中に浮かび上がる数十枚のアイシャの映像の中から、


「これと、これ……こんなところかな?」


 ベストショットだけを選んで、カイエは金属板に固定させた。


「また無駄に複雑なことを……」


 そんな風に溜息をつくアリスの目の前に、一枚の金属板が落ちてくる――そこには、アンニュイ顔で寛いでいるアリスの姿が描かれていた。


「それ、アリスの分だから」


「あんた……いつの間に!」


「まあ、夏の思い出の一枚という事で……ああ、ローズのはこれな!」


 羨ましそうな顔をしするローズにも、すかさず一枚手渡す。

 勿論そこには――カイエと腕を組んで嬉しそうにしているローズが描かれていた。


「……カイエ、嬉しい!」


 ローズに抱きつかれながら――カイエは当然のように、エストの方にも金属板を放り投げる。


 ふわりと落ちて来た板を、手にした瞬間――


「……!」


 鯨の背中で、輝くような笑みを浮かべるエストと、楽しそうに笑うカイエのツーショット――エストは食い入るようにそれを見つめてから、胸に抱きしめる。


「カイエ……ありかどう、凄く嬉しいよ!」


 絵の中と同じくらい、エストは最高に幸せそうな笑みを浮かべていた。


(ホント、この男は……)


 抜け目がなさ過ぎると言うか、狡いと言うか……一人一人を狙い撃ちしたような行動に、アリスは呆れていたが――


 カイエから貰った一枚を見ると、思わず笑みがこぼれた。


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