第51話 勇者たちの日常と異常
カイエを背中からギュッと抱きしめるローズを、エストは呆然と眺めながら――
(……ローズ、それはズルいだろう!)
そんな恥ずかしい真似、とても自分には出来ないが……羨まし過ぎる!
(い、いや……わ、私だって、頑張れば……)
ゆっくり深呼吸すると、エストは顔を真っ赤にしながらカイエの方に歩き出すが――
その肩をアリスが掴んだ。
「エスト……あんたまで、何を仕出(しで)かすつもりよ?」
冷たい目で見られて――エストは狼狽する。
「ア、アリス……ち、違うんだ、私は……」
「はいはい、解ってるわよ。でも……これ以上面倒を増やさないでくれる?」
ドスを利かせたアリスの声に――エストは敗北した。
一方、エマは――
祈るように両手を胸の前で組みながら、ローズとカイエをじっと見つめていた。
(えーと、ホント何だろう……この気持ち……)
ローズが、カイエが、みんなのために怒ってくれたのに――寄り添う二人の姿を見ていると、何故か胸が痛かった。
アルペリオ大迷宮で――カイエとエストが手を繋いで、神聖竜の背中に登っていくのを見ていたときも……エマは同じような痛みを感じた。
(みんなが仲良くしてるから……嬉しい筈なのに……)
幸せそうなローズと、少し困ったように微笑むカイエに……エマの胸は締め付けられる。
そんなエマを余所に――アリスが不意に顔を顰める。
「……うん? なんか、焦げ臭くない?」
「……え! しまった、魚が!」
慌てて走り出すエスト――その先には、煙を上げる野外用の
「……みんな、手伝ってくれ! 食材が台無しになってしまう!」
「わあああ! 私の魚があああ!」
「だったら、エマ! 口よりも手を動かして!」
ローズとカイエも一緒になって、勇者パーティー総動員で食材救出作戦が始まるが――
こういうときも、カイエは当然のように魔法を無駄遣いする。
『
半焦げの食材の全てが、瞬時に空中に浮かび上がる。
「とりあえず退避させたけど……焦げた部分を削いで、鉄板も洗った方が良いな?」
魔法の無駄遣いはまだ続いた。
『
『
全ての作業が終わるまでに――五分と掛からなかった。
「これで良しと……調理の方は、エストに任せて良いんだよな?」
少し形が変わってしまったが――まるで何事も無かったかのように鉄板の上に並ぶ食材を見て、四人はそれぞれ感想を漏らした。
「さすがはカイエね……素敵だったわ!」
再び乙女モードを炸裂させたローズは、カイエの腕を取ってうっとりする。
「本当に……凄いな! あれだけの魔法を同時に、しかも正確に発動するなんて……同じ魔法を使う者として……その……そ、尊敬するよ……」
エストはキラキラ輝く熱視線で捲し立てながら……途中から恥ずかしくなって真っ赤になる。
「ホントだよね! 何て言うか……うん、やっぱりカイエは凄いや!」
エマは単純明快に喜んでおり、
「カイエ、あんたねえ……こんなことができるなら、最初に言いなさいよ!」
アリスはいつも通りに文句を言うが――
「なあ、ちょっと待ってくれ……君たちの反応は、絶対におかしいだろう!」
先ほどまで余裕たっぷりだったジャグリーンが――呆然自失という様子で立っていた。
「いくら勇者パーティーだと言っても……こんな異常な光景を見て、君たちは何とも思わないのか? 今の魔法は……いったい何なんだ!」
どう考えても、ジャグリーンの反応の方が正常であり――突っ込みたい気持ちはアリスにも良く解った。
本音を言えば、ジャグリーンの前でも平気で魔法を使うカイエに、アリスも突っ込みたかったが……もう発動した後だから仕方ないと、諦めて黙っていたのだ。
「私たちはカイエのやることに慣れてるから……このくらいのことで、いちいち驚いていたら疲れるだけよ?」
ジャグリーンの反応を鼻で笑いながら――アリスは考える。
海軍提督である彼女にカイエの能力を知られることは、デメリット以外の何モノでもない筈だが――カイエがそれを理解した上でやっていることくらい、アリスも解っていた。
(今度は……何を企んでいるのよ?)
ジャグリーンが相当な策士であることは解っているが……本当に一番タチが悪いのは誰か、アリスは知っていた。
そんな彼女の視線に気づいて――カイエは
「なあ……結局、おまえは何しに来たんだよ?」
カイエの問い掛けに、ジャグリーンは乾いた笑みを浮かべると、
「そうだったな……重要な用件があるにはあるんだが、今日はそんな話をする気分ではなくなったよ。明日の十時にシャルトの海軍基地で待っているから、皆で来てくれるか?」
「何言ってるのよ……あんたに従う義理なんて、私たちにあると思っているの?」
アリスが意地の悪い顔をすると――ジャグリーンは苦笑して、
「私に対する義理がなくても、君たちは必ず来るさ。何しろ……魔族の残党に関わることだからな」
その台詞に――ローズ、エスト、エマの三人が即座に反応した。
視線をジャグリーンを集めて、じっと見つめる。
してやったりという感じのジャグリーンの態度に――本当に嫌な奴だとアリスは思う。
「なるほどね、そういう話か……だったら明日は海軍基地って事で、みんな構わないよな?」
カイエの言葉に三人が頷く。
アリスの方を見ると――仕方ないでしょという感じで、肩を竦めていた。
「それじゃ、今日のところは終わりという事で……ジャグリーン、おまえも飯(メシ)くらい食べていくだろう?」
今までの展開を忘れたかのように、カイエは気楽な感じで誘う。
「カイエ、あんた何考えてんのよ……」
「別に、
確かに時間的に昼を過ぎており、いつエマが騒ぎ出してもおかしくなかった。
それでも……互いに顔を突き合わせて食事をするような雰囲気ではない筈だが――
「そうだな、ご馳走になるか。実は私も、腹が減って仕方がなかったんだよ」
いつの間にか大人の余裕を取り戻したジャグリーンは、平然と応える。
「ジャグリーン、あんたまで……」
アリスは二人を批難するように睨むが――
「……よし、決まりだな。エストの料理は旨いからさ、たっぷり味わっていけよ?」
「そう……それは楽しみだな」
先ほどまでのやり取りは、いったい何だったのか――
カイエとジャグリーンは、まるで友達のように談笑していた。
唖然とするアリスの肩を――優しく叩いたのはローズだった。
「アリス、もう諦めた方が良いわよ……カイエって、こういう人だからね!」
正妻ローズはそう言って、ニッコリと笑った。
その頃、今回も空気だったアイシャは――
目の前で起きた様々なことが理解できずに、頭を抱えていた。
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