第18話 それぞれの想い
エスト、アリス、エマの勇者パーティーの三人は――勇者ローズ本人ほどではないが、かなりの有名人だ。
しかも、魔族との戦いに専念していたローズと違って、それなりに公的な仕事もしていたから、ローズよりも余程面が割れている。
だから――彼女たちが勇者パーティーとして知られる姿のままアルペリオ大迷宮を動き回っていると、その正体に気づく冒険者も少なくなかった。
「あのう……賢者エスト様ですよね!」
「え、だったら、そっちの美人が白き暗殺者アリス様?」
「じゃあ、こっちの可愛い子が聖騎士エマ?」
こんな風に声を掛けられても、いつもなら無難な感じで相手をするところだが――今日は状況がまるで違った。
「……今、あんたたちに構ってる暇はないわよ!」
アリスはローズのことが心配で、それどころはなかった。
だから、話し掛けられても、露骨に冷たい態度を取っていた。
それでも、しつこく纏わり付いて来る者に対しては――
「邪魔よ、消えなさい。さもないと……どうなるか解るわよね?」
凄みのある眼光で睨み付けられて――耐えられる冒険者は皆無だった。
そしてもう一人、エストはというと――
アリスとエマの二人だけが戦っている状況の中で、特にやることも無く……ついつい目が、カイエの後を追ってしまう。
「……うん? どうした、エスト?」
「な、何でもない! き、気にしないでくれ!」
その度に顔を真っ赤にして
(……わ、私は……何をしているんだ!)
ローズを救い出すために来た筈なのに……気がつけばカイエの姿を見つめている自分に、エストは混乱していた。
そんな調子だから――冒険者に話し掛けられても、心ここに在らずという状態で全く話を聞いていなかった。
「ローズも、エストも……そういう態度は駄目だよ!」
一人エマだけが――いつも通りに冒険者と接していた。
勿論、彼女もローズのことが心配だったが……それとこれとは話が別だ。
「冒険者の人だって、悪気がある訳じゃないんだよ? ほら、またこっちに来た……はい、はーい! 私が聖騎士エマだよ!」
別に目立ちたいとか、ちやほやされたいという気持ちなどエマには微塵もなく――エマは純粋に好意には好意で応えたいのだ。
全ての人に対して誠実にしなさい――聖騎士である両親から教えられた言葉だ。エマはそれに素直に従っている。しかし――
小麦色の肌の健康的美少女に笑顔を向けられると、勘違いする者も多かった。
「エマさん……俺は……」
「あ、みんなが待ってるからもう行くね! バイバーイ!」
走り去るエマを熱の籠った目で見つめる被害者がまた一人――
「エマ……おまえさ? わざとやってる訳じゃ無いんだよな?」
エマが放置した冒険者から、嫉妬と殺意が混じった視線を向けられながら――カイエはそんなことなどお構いなしだった。
「……え? どういうこと?」
本当に何も解っていない感じで首をかしげるエマに――
「おまえってさあ……案外、大物だよな?」
カイエは
「……そうかな? そんなに褒められると、照れちゃうよ!」
本当に純真な、曇り一つない笑みを向けられて――カイエは思わず目を細める。
「まあ、良いか……なあ、エマ? おまえは、ずっとそのままでいろよ?」
「え? カイエ、どういう意味?」
不思議そうなエマに、カイエは屈託のない笑みを浮かべて――
「
「……う、うん、解ったよ」
はにかむように笑うエマの頬が、ほんの少しだけ赤いことに――カイエは迂闊にも気づいていなかった。
※ ※ ※ ※
そして、アルペリオ大迷宮最下層――
「ねえ……本当にここなの? 私には、ただの壁にしか見えないんんだけど?」
アリスは何か仕掛けがないかと、周り中の壁と床を丹念に調べながら、疑わしそうにカイエを見る。
今、彼らが居る場所は――特に何がある訳でもない、迷宮に伸びる回廊の一画だった。
古びた石造りの壁に不自然なところは無く、手を触れてみても何の変化もなかった。
「だろうな……普通のやり方じゃ、絶対に発見できないと思うよ? いや、ここまで来ると、製作者の悪意を感じるな?」
カイエは壁の一部を親指を立てて指差す。
「ここだな……エスト、解るか?」
エストはじっと壁を見据えて――そこに意識を集中した。
「ああ……私にも微かにだが解る。壁の奥で魔力に共鳴しているのか? だけど……私一人では絶対に見つけられないな? カイエは、どうして気づいたんだ?」
真剣な顔で問い掛けてくるエストに、カイエは苦笑する。
「そんな自慢できるようなやり方じゃないさ……手当たり次第に魔力をぶつけて試しただけだよ?」
この階層に来てから、カイエが何かしていことにはエストも気づいていたが――
「そんな風に魔力を無駄遣いするような真似は……カイエにしかできないな? 本当にカイエの魔力は、底が知れないというか……」
半ば呆れるような、半ば羨望するようなエストの羨望の眼差しを受けながら――
「それじゃあ……準備は良いか? ここからが本番だ――こいつは本当に脅しじゃなくて、おまえたちでも気を抜いた瞬間に命を落とすような場所だから。せいぜい気を付けてくれよ?」
エスト、アリス、エマの三人が頷くと――カイエは壁に向かって一気に魔力を放出した。
すると、次の瞬間――
彼らの姿はアルペリオ大迷宮から消失した。
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