勇者(女)を魔神から救ったら一生放さないと抱きつかれた件(仮)

岡村豊蔵『恋愛魔法学院』2巻制作決定!

第1章 勇者(女)と魔神

第1話 二番目に冴えたやり方


 大陸東部の失われた都市アウグスビーナ――古代都市の遺跡で魔神が復活した事を、光の神に選ばれた勇者ローズことローゼリッタ・リヒテンバーグは、魔王を倒した直後に知った。


「まさか、魔神が復活するなんて……急がなくちゃ! みんな、もう一度私に力を貸して!」


 ローズと彼女の仲間――聖騎士エマ、賢者エスト、白き暗殺者アリスの四人は、転移魔法で失われた都市に向かう。


 そこで彼女たちが目にしたモノは――大地から噴き上がる地獄の業火と、その中央に立つ魔神の巨大な姿だった。


 山羊の角を生やした長髪の美丈夫――その背中から 巨大な蝙蝠の翼が生えている。


 魔神が放つ炎によって、失われた都市の遺跡全体が崩壊していた。大地は溶解して陥没し、溶岩の海の中を魔神は突き進む。


 その歩みは時速で四十キロほどだったが、進行方向は真西――その行手にはローズたちの祖国である聖王国セネドアがあった。


「偶然って事は……ないわよね? 魔神は聖宝を狙っているのよ!」


 このまま進めば――魔神は間にある幾つもの国を崩壊させながら、一週間と経たないうちに聖王国に到達する。その間に何千万、何億という人々の命が失われるだろう。


「でも、どうすれば……こんなバケモノと、どうやって戦えば良いの!」


 聖騎士エマが思わず、悲痛な思いを言葉にする。


 二十メートルを優に超える巨体と、噴き出す圧倒的な魔力――実力がある者ほど、まるで冗談のような強大で絶望的な力を感じる事が出来た。


 世界最強と謳われる彼女たち四人が束になって掛かっても――微塵の勝機も感じられない。いや、勝てるとか勝てないとか、そういうレベルではない。

 人族など虫ほどにも感じない、まさしく『魔神』と呼ぶに相応しい存在なのだ。


「みんな……これから私が言う事を良く聞いて!」


 勇者ローズは褐色の瞳で、魔神を見つめながら叫ぶ。


「エスト、あなたはエマとアリスと一緒に今すぐ転移して、一番近くの街に向かって! 街に着いたら、エマは教会の人と一緒に街の人の避難を!

 エストは魔術士協会を通じて、伝言メッセージの魔法で世界中に今の状況を伝えて!

 アリスは冒険者ギルドの方をお願い! 近い街から順に人を送って、住民を避難させて!」


「ローズ……おまえは何を言っているんだ! 私たちが魔神と戦わないと……」


「エスト、良いから聞いて! 一番近くの街はここから百キロも離れていないのよ……そんなに時間はないわ!」


 悲痛な叫びの真意に気づいて――エストは黙るしかなかった。

 ローズはエストを見つめると、感謝するように微笑む。


「……ここからは時間との戦いよ! エストには悪いけど、あなたは魔術士協会の件が片付いたら、転移魔法で各地を飛び回って欲しいの! 伝言メッセージだけじゃ信用しない人も多いと思うから……」


「……ああ、解った。私の魔力が尽きるまで、説得して回ろう」


「ちょ、ちょっと待ってよ……ローズもエストもどうかしてるよ! 私たち三人だけで退却? ローズはどうするの!」


 エマが泣きそうな声で言う――本当は彼女も解っていたが、認めたくなかった。

 勇者ローズが何をしようとしているのかを――


「私は……ここに残って魔神を止めるわ」


「そんなの、一人じゃ無理に決まっているよ! だったら、私も……」


「エマ、解って……あなたが残っても同じ事なのよ! 魔神を止められるとしたら方法はたった一つ――『神剣』の力を開放するしかないわ」


 光の神が勇者に与えた『神剣』アルブレナには、神の強大な力が宿っており。その力を開放すれば魔神をも……しかし、それは五百年前の初代勇者が行ったとされる禁断の技だった。


 力を解放した『神剣』は周囲を巻き込んで消滅するのだ――勇者諸共もろともに。


「ローズ……あんた、馬鹿でしょ? そんな事をしたって……魔神を倒せるかは解らないじゃない!」


 普段は一番大人びているアリスが、ボロボロと涙を流しながら怒っていた。


「初代勇者は……『神剣解放』で魔神を道連れにしたって……でも、今回も同じとは限らないわ……だから、ローズも……」


「ごめんね、アリス……私、馬鹿だから……」


 本当は自分も泣きたい筈なのに――ニッコリと微笑むローズを見て、アリスは泣き崩れる。


「ホント、ローズは馬鹿よ……大馬鹿よ!」


 エストとエマが、アリスに肩を貸して立ち上がらせる。


「さあ、アリス……ローズ、そろそろ私たちは行くよ」


 エストは静かにローズを見つめて、精一杯の笑みを浮かべた。


「ええ。ありがとう、エスト……みんなのことをお願いね……」


 エストは何か言い掛けるが……その言葉を飲み込んだ。

 そのまま何も告げずに、微かに震える声で呪文を詠唱する。


 エストの詠唱が完了し、転移魔法が発動する直前――


「……ローズ! やっぱり私も――」


「駄目! アリス……解ってよ! 私だって……」


 飛び出そうとしたアリスを、エマが必死に止めている。


 そして――転移魔法は発動し、三人の姿はローズの前から掻き消えた。


「ありがとう、みんな……ごめんね……」


 我慢していた涙が、堰を切ったように一気に流れ出す。


(もう誰も見ていないから……これくらいは構わないわよね?)


 ローズは初めて、本当の気持ちを口にした。


「……ああ、嫌だなあ……私、まだ死にたくないなあ……」


 『神剣』アルブレナを右手で握り締めると、ローズは魔神に向かって、ゆっくりと歩き出した。


「エスト、エマ、アリス……みんな、大好きだよ。だから……本当はもっと、ずっと一緒にいたかった……」


 大地を溶解させながら進み続ける魔神――ローズは飛翔フライの魔法を発動させると、空に舞い上がり一気に加速する。


 『神剣解放』がどれほどの威力を持つのか――それはローズにも解らなかった。

 だから、少しでも魔神を倒す確率を上げるためには、ギリギリまで近づく必要がある。


 たとえ、それでも魔神を倒す事が出来なかったとしても――


(みんなは、絶対一番最後まで残るに決まっているから……)


 少しでも多く魔神にダメージを与えて……せめて三人が避難する時間だけは稼ぎたかった。


 空を駆け抜けるローズが、魔神まであと十メートルという距離に近づいたとき――

 突然、魔神との間の空間に、何者かが出現した。


「……させない!」


 それを敵だと判断したのは、状況を考えれば仕方のない事だろう。

 ローズは『神剣』を握り直して、行く手を阻む者に突進する。


 相手の身体の中心部に狙いを定めて『神剣』を一閃する――

 しかし、標的に触れる寸前、『神剣』は何かの力に阻まれたように動きを止めた。


「そんな……」


 あり得ない光景に唖然とするローズに――相手は振り向く。


 少しだけ前髪が長い少年は――漆黒の瞳で、不機嫌そうにローズを見た。


「おまえは……俺の敵なのか? だったら、容赦しないけど」


 彼が魔族であれば、間違いなくローズの敵だったが――少なくとも見た目は、人族にしか見えなかった。

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