言語浄化政策②

「ビブ先生、今日どうします?」


 アシスタントの真賀くんが声をかけてきた。


「ああ、もう少しでペン入れが終わるから、それまでは自由にしていて構わないよ」


「いえ、今日の政府への抗議ですよ」


 美辞麗句党が議席を獲得してから5年の月日が流れた。党首が不祥事により退任したことにより勢力が衰えるかと思ったが、そうはいかなかった。結局、言語浄化政策は政府にとっても国民から金銭を巻き上げるのに都合がよいのだ。

 私は現在「ビブヤマノリヒト」というペンネームで漫画を描いている。時代に逆行してデジタルは利用していない。古くさい考えだと思われるかもしれないが、自分の手で直に描いた方が絵に迫力が増しているように感じるのだ。幸運なことに、今手掛けている「藍と愛とEYE」が80万部を突破している。自分でもコンビニバイトからよくここまで来たものだと思う。


「ああ、私はいいよ。次の話のネームも進めておきたいしね。真賀くんは活動に参加するのかい?」


 箱から煙草を取りながら尋ねてみる。1本約60円もする煙草を吸う。これがうまいとは思わないが、一応売れている漫画家なので昔なら手を出さないモノにも手を出している。


「はい。僕以外にも先生のアシスタントは全員参加しますよ。創作家にとって政府の行っていることは死活問題です。架空のキャラが発した言葉まで徴収の対象にされるなんて、僕には我慢できません」


「……そうか」


 彼が憤るのも無理はない。しかし、若い。制作工程がアナログな自分が言うのもどうかと思うが、時代とともに価値観は変化していくものである。確かに初めは言論の自由としてはいかがなものかと戸惑った。だが、どうだろう。人との会話でも、ネット掲示板でも、汚い言葉は確実に減っている。創作物でもエロ(レベル1)やバイオレンス(レベル1)などの過激な作品は衰退し、友情や協調、純粋さを重視した作品がトレンドを占めている。この言語浄化政策の全てが間違っているとは、私は思えない。

 真賀くんは元々は感染ホラーものをやりたかったこともあり、今の漫画業界に、つまりは社会に対しての不満が募っているのだろう。



   ●



 ペン入れが終わったタイミングで、担当編集者から電話がかかってきた。進捗状況の確認だろうか。いつもならここで焦ってペースを上げるのだが、今日は違う。


「はい、ビブヤマですー」


『ビブヤマ先生、大変です……』


「何がですか?」


 編集者の暗いトーンに驚きはしたが、大した話ではないだろう。


『実は、主人公の使う技名の【思い槍】が徴収対象に追加されようとしていまして……』


 信じられなかった。今までも編集者と言葉遣いや技名には気を付けて打ち合わせをしてきたが、まさか自分の作品の台詞が徴収対象になるなんて……。不適切レベルは1。通常なら1使用100円の徴収で済むが、出版社が使用を許可するはずもない。

 くそ、クソ、糞!! 政策に慣れてしまっているせいか、陳腐な単語しか浮かび上がってこない。【思い槍】が対象になった理由とは、子ども達が学校で棒を持ってこの単語を叫んでいることが各所で報告されたからだそうだ。ふざけるな! これは俺にとっての死活問題なんだ!

 100万部まであと少しのところまで来ているんだ……それにこの【思い槍】はラストへの伏線にもなっているというのに……。

 電話を切ると、私は【思い槍】を手にした。槍といっても、レプリカなので危険性は皆無である。先も丸い。真賀くん達は今頃抗議をしているだろう。「私も加勢する」とメッセージを送る。煙草臭い服を脱ぎ捨て、清潔なシャツを羽織り、私は玄関のドアノブを握った。さぁ、オレ達の戦いはこれからだ。

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