138.新しい家②(怖さレベル:★★☆)

「うっイッタ……! なに、今の……っ」


私が涙目で引っ掛かった右足を見ても、

特にひっかかるようなでっぱりなどはありません。


でも、なにかにぐっ、と足がつっかかった感触があったのは確かです。


「うーん……ん? なんだろ、コレ」


スリッパの中でぎゅっ、と足の指を動かすと、

なにかもさもさと妙な感覚がします。


スリッパの中にゴミでも入って、

そのせいで転んだのかも、と思った私は、

スリッパを脱いで、パタパタと振りました。


「うわっ!!」


すると、中からザザッ、と白いモノが出てきたんです。


絡み合った糸のようなものが、わさわさと。


「え、なにコレ……糸、じゃない?」


タコ糸や裁縫糸にしては細く、

長さはバラバラで、わしゃっと入っています。


私はマジマジとそれを見つめた後――

ハッと気づいて、それを階段の下へ放り投げました。


「こ、これ……髪の毛じゃない!!」


それは、細い細い、人の髪でした。


色素が抜けて、一見糸のようにも見えましたが、

間近で見れば、人の髪の毛のあの独特の感じが残っていたんです。


「き、気持ち悪っ……」


私は思わずスリッパを脱ぎ捨て、

登り切った階段の横に置きました。


人の毛が入っていたスリッパなんて、

とても履いていられません。


私は少々気分が悪くなりつつ、

せっかく二階に上がったんだしと、

気を取り直して周囲を見回しました。


階段からつづく廊下から見えた扉は、三つ。


とりあえず一番手前から入ってみよう、

と私はドアノブにさっそく手をかけて開きました。


「あ……ベランダ!」


ドアを開けると、フローリングの部屋からつながった、

広いバルコニーがありました。


私は思わず、裸足のままフローリングを横切って、

バルコニーへと飛び出しました。


今までずっとアパート暮らして、二階より高い階にも

住んだことはあったんですが、

たいていそこは物干し空間になっていて、その上、ここよりずっと狭かったんです。


「わあ……」


バルコニーからは、周囲の民家やアパートがぐるりと見渡せます。


住宅が数多く立ち並んでいて、

学生用らしいアパートや、高層マンションなどもよく見えました。


「ん……あれ?」


ちょうどこの家と道路をはさんで向かいに見える、

十五階建てのマンション。


その三階の通路に、住人らしき影が見えたんです。


(あっ、もしかしてご近所さんかな?)


私はワクワクしながら、廊下を歩く人を見つめました。


遠目ではありますが、すらりと背の高い女性のようで、

長い黒髪がサラリと風になびいています。


のんびりと歩いていたその人は、

ジーッと見つめる私の視線に気づいたのか、

ふと、こちらの家の方を振り返りました。


(あ……こっち、見てくれた)


気づいてくれたことが嬉しくて、

私はニコニコと笑顔で、大きく手を振りました。


けれど女性は、私の方を見たまま、

なぜかピタリと動きを止めたんです。


(あ……驚かせちゃったかな)


今まで空き家だった家のバルコニーから、

見知らぬ中学生に手を振られたら、

逆の立場にしてみれば、けっこう怖いかもしれません。


私は手を振るのをやめて、

謝罪の意味をこめて、ペコリと頭を下げました。


しかし、顔を上げてみると、

なんと女性が手を振り返してくれています。


わぁ、よかった。


私がそう思ったのもつかの間でした。


「……?」


女性の動きが、なんだかおかしいのです。


手を振っている、というよりも、

両手を上げて踊っているという方が正しいような、

そんな奇妙な動きなんです。


動きはとてもゆっくりで、まるで太極拳みたいなのですが、

体全体を左右にクネクネと動かし、まるで軟体動物のようで。


「なにあの人……」


まるで人ではないかのような、不気味で気持ちの悪い動き。


私はもはや、手を振ったことを後悔し始めました。


さっさとみんなのいる一階のリビングへ戻ろう。


私は今までのウキウキ感がそがれて、

家の中へ回れ右をしようとしました。


すると、その時。


……キィー……


後ろから、音がしました。


木の板に体重をかけた時のような、

甲高くて耳につく、いやな音。


ついっさきも耳にした、ような。


……キィー……


階段だ。階段の音だ。


気づいたものの、私は振り返れません。


ふつうに考えれば、家族のだれか。

そうわかっているのに、全身を震わす悪寒が止まりません。


ガチガチと歯の根が合わず、

私は座り込みそうな足を奮い立たせるのが精いっぱいです。


目玉が後ろに回りそうになるのを必死でこらえ、

私はギュッと目をつぶりました。


マンションの廊下に見える不気味な女性も、

後ろから聞こえる異様な物音も、聞きたくない!


私は両手を耳にあてて、その場にしゃがみこみました。


>>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る