132.町中のお堀①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)


やっぱり、怖い話の定番というと、水辺で起きる話ですよね。

よく、水には幽霊が集まる、なんて話を聞いたことがありませんか?


ただ、これから私が話すのは、確かに水辺ではあるのですが、

果たして幽霊が現れた理由が本当に『水』だけのせいなのか…

というと、なんとも微妙な話なんです。


私が暮らしているのはとある地方の町で、

その街並みの中に、小さな川が流れているんですよ。


いえ、正確に言えばお堀、ですね。


昔、うちの町にはお城があったんだとかで、

その時使われていたお堀に水が張られていて、

町の中を流れているんです。


とはいえ、お城自体はとっくの昔に焼失してしまって、

残っているのはそのお堀と、石碑くらいなんですけどね。


町の人が、パンくずやら野菜の皮をお堀に投げて、

コイがわらわら集っている光景なんかも、よく見かけました。


つられてカモがやってきたり、ノラネコがお堀のふちで

日向ぼっこをしていたり……まぁ、よくある風景かもしれません。


そんなお堀も、クリスマスの時期になると、

町の青年会が企画をして、イルミネーションのイベントをするんですよ。


水にLEDライトを浮かべて、道にもカラフルなライトを並べて、

いつもは静かな街並みも、いっきに華やかになるんです。


私も毎年楽しみにしていて、冬のシーズンになると、

友だちを誘って、いつも見に行っていました。


これは、そんなあるクリスマスのシーズンに、

私があのお堀で目にした、体験談です。


その日、私は友だちと待ち合わせて、

夜の九時頃にお堀へと向かいました。


通路にはあちこち出店が並んでいて、

まるで祭りのように、出歩く人々もたくさんいます。


家族連れや、私たちのように友人同士も見かけますが、

なんといっても多いのは、恋人同士。


私たちも「いつか恋人とも来たいよね」なんて言いあって、

出店でたこやきを買ったり、お堀を彩るライトアップを撮影したりしていました。


そうして、お堀沿いをぐるっと歩きながら、

場所によって違う、ライトアップされた風景を眺めていたときです。


ふいに、人垣の向こうから、怒鳴り声が聞こえてきたのは。


思わず友人と顔を見合わせてから、

なにごとかと声のした方へ野次馬に行くと、

男がひとり、周囲の見物客をどなって道を開けさせていました。


聞こえてくる内容は、ひどく自分勝手な言い分。


『イルミネーションが見づらいから、サッサと退け』だとか、

そういった内容です。


男の年齢は三十代くらいで、

黒いスーツ姿にスキンヘッドの、いかにもいかつい容姿。


なるべく関わり合いたくない類の、ヤバい雰囲気を持っていました。


おまけに、男の脇には女がいて、

いまいましそうに周囲の人々をにらんでいます。


男の肩にしなだれかかり、

いかにも夜の女の雰囲気をかもしだしていました。


面倒にかかわるのを嫌ってでしょう。

今までお堀のイルミネーションを眺めていた人たちは、

サササッとそこから離れて、町中の方へ移動していきました。


すっかり静かになったその場所で、

男は品のない笑い声を上げながら、

女性を立たせて写真撮影したり、

どこかへ電話して話をしたりしていました。


私たちも巻き込まれるのはイヤでしたから、

その場から離れて、反対側にあるお堀の

ライトアップされた木々を見に移動することにしたんです。


そうして、ちょっと下がったテンションを取り戻すように、

屋台でいろいろなものを買ったり、

丁寧に飾り付けられたイルミネーションの飾りを撮ったりして、

だいたい、一時間も過ぎた頃でしょうか。


そろそろ時間も遅いし帰ろうか、なんて友人と話をしていた時、

偶然、さっきの男たちがお堀の端にいるのが目に入ったんです。


相変わらず、男は大声でなにかしゃべっているし、

女はその隣でパシャパシャと写真を撮っています。


迷惑なヤツらだよねぇ、なんて友人と話をしていると、


バシャッ……


ふいに、お堀の水が跳ねたんです。

まるで、大きな魚がジャンプしたかのように。


でも、男と女は気づかないのか、

上機嫌で撮影会をつづけています。


私は友人と顔を見合わせて、彼らから距離をとりつつ、

そうっとお堀に近づいて、水の中を覗き込みました。


パシャン


イルミネーションの電球のすぐ下で、

また水が跳ね上がります。


コイでも跳ねてるのかなぁ、なんてのんびりした考えは、

その『なにか』が見えたことで吹き飛びました。

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