131.スキマに現れるもの③(怖さレベル:★★★)
「……ひ、っ……!?」
上げかけた悲鳴が、喉の奥で音にならずにつぶれました。
目の前。
その、押し入れのスキマ。
そこには、やはり白い人影がいました。
でも、ちがう。
昨日と違って、その人影の髪は短かったんです。
男の、子?
私の脳内に、その単語が浮かびました。
昨日は、女の子が押し入れにいた。
今は、男の子がいる。
じゃあ、昨日いた女の子は、どこに??
押し入れのスキマでうつむいたままの少女から、
私はゆっくりと、布団の方へ視線を移しました。
布団の、さっきまで足首があったあたり。
その部分が、ふわん、と少し浮いています。
例えるなら、子どもひとり、入れるくらいに。
まさか。
まさか、この中に、昨日の――。
(そ、そんなわけない……!! だって、昨日のは夢、だから……!!)
現実に起きるわけがない。
例え、また今も、少女の亡霊が見えていたとしても。
私は、わけのわからない事態の連続で、
混乱と恐怖で半狂乱になっていました。
だから。
だから、こんなことあるわけがない。
そう思って、思いっきり、掛け布団をはぎ取ってしまったんです。
「……い、ない……?」
がばっ、とはぎ取った布団の中には、なにもありません。
触れた弾力の正体となるものもなければ、
当然、白い人影の姿もない。
(そ、そりゃそうよね……そんなバカな)
布団の中にまで、幽霊がもぐりこんでくるなんて、あるわけがない。
そう、私がほんの一瞬、気を抜いたときでした。
はぁー……
耳元で、大きなため息が聞こえました。
すぐ、頭の後ろ。
唇を耳に近づけて、まるで、聞かせるように。
なにかいる。
すぐ後ろに、なにかが。
私の目玉が、ぐぐっ、と後ろを見るために動こうとします。
体は、硬直して動かないのに。
見ちゃいけない、理解しちゃダメだ、ってわかっているのに。
はぁー……
声が、吐息が、耳元で。
それと同時に、目の前の押し入れからも、
キィー……
あの、木材がきしむ禍々しい音が聞こえてきました。
どうしよう。
どっちを確認したらいい!?
私は、ガタガタ震えている体を動かすこともできず、
後ろを見ようとする視線と、
前の押し入れを確認したいという欲求をコントロールできず、
グルグルと視界が回転してきました。
はぁー……
そして、三度目に聞こえた吐息の後。
ひたり、と冷たい指が肩に触れて、それで。
私は、前日に引き続いてまた――意識を失ってしまったんです。
ええ……さすがに、二日続けての幽霊体験はこたえました。
だから次の日、彼に言ったんです。
この寝室で、子どもの幽霊を見たんだ、って。
まぁ、信じてもらえないだろうな、とは思っていたんです。
でも――彼の反応は、予想していたものとまったく違いました。
ええ、呆れられるとか、笑い飛ばされるんだろう、って思ってたんです。
でも――彼、すごく怒ったんですよ。
ええ、そう、ものすごくキレたんです。
「子どもの幽霊!? なんでそんなことを言うんだ!!」って。
私は、どうしてどなられるのか意味がわからなくて、
なにを言ってるのか聞いても、彼はどんどん怒りをエスカレートさせるばかり。
私も、頭ごなしにアレコレどなられたら、
だんだんと腹が立ってきてしまって。
その日は、朝から大喧嘩。
せっかくプロボーズまでされて、
指輪だって選んで、結婚まで秒読み――だったはずなのに、
最終的には、同棲を解消するほどのいさかいにまで発展したんです。
私は、その日のうちに部屋を飛び出して、
実家に帰ってしまいました。
その後、彼とはいろいろ話し合いもしましたが、
結局復縁するには至らず、そのまま別れてしまったんです。
ええ……これだけだと、あの子どもの幽霊二人が、
私たちの仲を引き裂いた、っていう感じですよね。
私も最初は、あの部屋に住まなければよかった、って、
ずいぶん後悔したし、あの幽霊を恨みました。
でも、実は……後日談がありまして。
彼、ね。
実は、他に交際相手がいたみたいなんです。
それも、私よりずっと年下の、まだ未成年の若い子と。
ウソだと思ったけど、目撃情報もあるし、
冷静に考えてみれば、付き合っているときにも思い当たることはあったんですよね。
バカですよね。私、なにも知らなかったんです。
それで、いろいろ調べてみてわかったんですが、
彼、実は過去にもそうして複数人と付き合っていたようで……。
しかも、若い子ばかりと付き合って、
妊娠させてしまって、困って堕胎させたことが何度もあるんだとか。
だから、あの日。
彼が、子どもの幽霊にあそこまで反応したのって、
もしかして『幽霊を見た』って言いだした人が、
他にもいたからじゃないかって、今は思うんです。
もう、今は連絡先すらわからない彼ですが……
きっと、もう、ロクなことにはなっていない。
そんな、気がしています。
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