115.夏休みのプール②(怖さレベル:★☆☆)

子ども?

それはもしかして、ここに出るという幽霊――。


「お、お客様……そのようなコトを言われましても……」


ウェイターの男性は困り果てているらしく、

眉を下げて困惑をあらわにしています。


「だからっ! お祓いなりなんなり、したほうがいいって言ってるのよ!

 あれ、絶対よくないものだから……!!」

「ち、ちょっと! みんな見てるから、もうやめてってば!」


連れの女性が、ヒシッと彼女の背中にすがりつきます。


すると女性はハッと表情をあらためて、

騒動をとおまきに眺めている他の客たちに視線を向けました。


「……っ! とにかく、はやくお祓いなりなんなりしないと、

 なにが起きても知らないから……!!」


女性はキツい口調で言い放つと、

連れの女性とともに退散していってしまいました。


「……なんか、すごかったね」


あっけにとられて呆然と後姿を見送った私に、

友人は苦笑いを浮かべました。


「ねぇ、ホントにいたと思う? 子ども……」

「いやー……どう、かなぁ」


あの女性の表情は、とても演技やイタズラには見えませんでした。

鬼気迫るいきおいだったし、少なくとも、なにかが”見えた”には違いないのでしょう。


それが幽霊か、幻覚か、見間違いかはわかりませんが――。


「あ、お、お客様、お待たせして申し訳ございません。

 お席にご案内させていただきますね」

「あっ、ハイ」


と、彼女たちから開放されたウェイターが、慌ててこちらに近寄ってきました。


私たちはなんとも微妙な心地になりながらも、

そのまま遅めの昼食をとることにしたのでした。




(子どもの幽霊……か)


昼食をすませ、ふたたびプールサイドにもどってしばらく。

今度は屋内プールを楽しもうと、友だちとともに波のプールに入っていました。


腹から上の深さになると、高校生以上でないと入れないため、

私たちくらいの大学生や、大人でにぎわっています。


タイミングもよく、ちょうど波が高くなる時間帯。


せっかくだからと、グイグイ人波をかき分けていく彼女につられ、

前方の、かなり波が高い場所までやってきていました。


白波がふわっと泡立ち、あちこちから歓声が上がります。


「わっ、え、怖っ……」


最前方までくると、足が床につかないくらいの水深です。


泳ぎがあまり得意でない自分には、いくら浮き輪という味方があっても、

ゾワっと恐怖をおぼえるほど。


「うわ~っ、波、高ーい!」


反対に、高校まで水泳部だった友だちは、

キャアキャアと声を上げてはしゃいでいます。


低く高く、波は交互にうちよせてきます。

周囲の人たちにぶつかったり、また戻されたり。


私は激しい波の動きに、すっかり参っていました。


「ちょっ……ね、ねぇ、私……もうちょっと、浅いトコ、行くね」

「えーっ、残念! あたし、もうちょっとこっちで楽しんでるね!」

「ん、オッケー……あとでね」


彼女は泳ぎも達者ですし、周囲に人も密集しているので、

おぼれる心配もありません。


私は波の流れに逆らわないようにゆっくりと、

水かさの少ない方へと流されて行きました。


「……あ、れ?」


と、目の端で、ふわっと白いなにかがよぎります。


(子ども……?)


立ち入りができない、幼稚園児くらいの幼い子ども。

それが一瞬、チラリと波のなかに見えたのです。


まさか、他の人にまぎれて? ととっさに見返しましたが、

わらわらと人のいるその辺りに、子どもらしき姿はありません。


(ゆっ……いや、まさか、ね)


私の脳内に、朝の友だちの話と、昼食時のゴタゴタが思い出されました。


とっさに形成された”子どもの幽霊”の想像を慌ててうち消して、

浅瀬の方へと足を進めます。


(……ハァ)


足首がひたる程度の、浅い波打ち際に戻ります。


この辺りは年齢制限がないので、小さな子どもたちが親と水をかけあったり、

ぱちゃぱちゃとかわいらしく泳いでいる平穏な姿が見えました。


午前中の泳ぎ疲れと、昼食後のけだるさを感じて、

波の端っこで足の先だけ水にひたして、のんびりとプール全体を見回しました。


午前中に比べても、あちこちに人が増えています。

やはり多いのは中高生と、親につれられてきている小学生。


夏休みまっ盛りの暑い日です。

かき氷や、フルーツジュースの屋台にはわらわらと人が集っていました。


(幽霊なんて、とても出なそうなのに)


水の音で薄れてはいるものの、

館内にはにぎやかなポップミュージックもかかっています。


笑顔で泳ぎまわる子ども、はしゃぐ大人。

上がる水しぶき、笑い声、歓声。


お化けを連想させる暗い雰囲気など、まったく感じられません。


――だと、いうのに。


脳内に浮かび上がるのは、友だちの言った「死亡事故」、

レストランで女性がわめいていた「子どもの幽霊」、

そして、自分がチラリと目にした「白い影」。


(さまよってるのかな……今も)


親が目を離したすきに、溺れてしまった子ども。


水のなかは、きっと冷たかったでしょう。

誰にも気づかれずに沈んで、寂しかったでしょう。


そして、子を失ってしまった親の悲しみは、

どれほどのものだったのでしょう。


ギュッ、とプールサイドでひざを抱えて座り込み、

深く深く息を吐き出しました。


食べものの接種で体温が上がったためか、

泳いだ体の疲れのせいか、だんだんと眠気が襲ってきました。


ボーッと頭が白くなり、まぶたがどんどんと下がっていきます。


グルグルと明滅する光のなかに灰色の渦が見え隠れして、

呼吸もしだいに、深いものへと変わっていきました。


――眠い。とても眠い。


ウトウトと、そのまま睡魔にひきずられそうなった時。


ゴオオォォォ……ゴオオォォォ……


こもったような、重く低い音が鼓膜を揺らしました。


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