115.夏休みのプール①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)


えぇ……たしかあれは、三年前でした。

暑さのきびしい、夏のある日に起きたできごとです。


大学二年の夏休み。

連日、高温注意報が出されていて、家にこもっていても、

めっきり課題が進みません。


白紙のレポート用紙とにらめっこするのにも飽きた私は、

同じ大学の友人に連絡をとることにしました。


お互い彼氏もなく、ちょうど水着も新調したばかり。

海だと遠いから、プールでも行って涼んでこようか、っていう話になったんです。


目的地は、電車をいくつか乗り継いでの大型施設のそば。


平日とはいえ、さすが夏休み期間。

子ども連れの親子の姿が、入場してすぐ、あちらこちらに見受けられました。


東京ドーム二つ分ほどの広さを誇るそこには、

室内に巨大な波のプールがあり、それが目玉となっています。


すべり台式のプールや、競技用プールはもちろんのこと、

外とつながるウォータースライダーもはげしく水しぶきを上げていました。


「ねーねー、最初はドコ入る?」

「うーん……せっかくだし、外のプールにしようか?」


広々とした室内より、さらに解放感を覚える屋外プール。

外は流れるプールがメインとなっており、中央には飛び込み用の深いプールもあります。


屋内の波のプールが年齢制限ありのためか、

こちらの流れるプールには子どもたちで大盛況でした。


「うわー……プールとかひさびさ~」


友人が、さっそく浮き輪をふくらませて、水中に入っていきます。

私もさっそく、彼女の後に続きました。


暑さでほてった体が足首から冷やされていって、

ぷかぷかと波に揺られる感覚が、とても心地よく感じます。


のんびり話をしながら、ユラユラ周遊していれば、

ゼミの愚痴を語っていた友だちが、ふと思い出したように呟きました。


「ねぇねぇ、知ってた? ここ、前に人が死んでるの」

「えっ……死んでる?」


昼下がりの暑い空気ととてもそぐわない響きに、

思わず友だちの顔を凝視しました。


「うん。ほら、夏になるとよくニュースで聞くでしょ? プールの水難事故って」


ぷかぷかと浮き輪の流れに身を任せながら、

彼女は息をひそめるように、ひそひそと続けます。


「なんかね、まだちっちゃい子どもだったんだって。

 親がちょっと目を離したスキに人波にまぎれて……それで、溺れたところを発見された、って」

「えっ……い、いつぐらいの話?」

「うーんと……うちのママが、あたしたちくらいの歳の時、って言ってたよ」


ここのプールはたしか十年前に経営者が変わって建て替えをしていたので、

今の構造になる前の話だったのかもしれません。


私が聞く限りでは、ここで人が亡くなった、というウワサはありませんでした。

ただ、別の不吉なウワサはありましたが。


「あ、もしかして……ここ、幽霊が出るって話があるの、それ由来?」


このプールは夜は心霊スポットだ、なんて称されていて、

最近話題のナイトプールなどでも、目撃談が寄せられている、とか。


幽霊は、顔もわからないほどブヨブヨしている、とか、

逆にガリガリの骨っぽい風貌、とか、見た目もイロイロ。


ずっと後をついてくる、肩にのしかかってくる、夢枕に立つ……など、

憑りつき方もまぁ、ほんとうにパターン豊富で。


私はうさん臭いとまったく信じていなかったのですが、

実際に死亡事故があった、となれば話は別です。


「もしかしたら、そーかもね。……ま、あたしたちは昼間に来てるし、

 大丈夫でしょ! 第一、あたし……霊感ないし」

「たしかに。私だってないしねぇ……」


あっけらかんと笑う友だちの言うとおり。

彼女も私も、そういう話こそ好きなものの、実体験は一度もありません。


だから今回の話だって、いつものちょっとしたオカルト話。

その程度のつもりだったんです。




「ねぇねぇ、そろそろお昼ごはんにしようよ」


ウォータースライダーを三度ほど楽しんだところで、

友だちから声をかけられました。


「あっ、もうそんな時間?」


入場からずっと外プールではしゃぎ回っていて、

すっかり時間を忘れてしまっていました。


言われてみれば、ずっと水中につかっていた体は、

なんとなくダルさを感じるし、休憩にちょうどいいタイミングに思えました。


「レストラン、すいてるかなぁ」

「まぁ、待つかもねぇ。時間ちょっとズレたけど」


時計をチラっと見つつ、友だちは首をふりました。


時刻は、PM二時を回ったところ。

あまり待たずに入れればいいなぁ、なんて話をしながら、

レストランの方へ向かうと、


「だから! さっきまでここにいたのよ!! ……ねぇ、あんたも見たでしょ!?」

「えっ……う、うん……まぁ……」


なにやら、揉めているような大声が聞こえてきました。


「お、お客様……しかし、誰の姿もありませんが……」


レストランのウェイターにつっかかっているのは、

私たちと同年代くらいの女子二人組です。


ひとりは目を血走らせて、グイグイと男性につめよっていました。


「ウソよ! さっきまでそこにいたのに! なに、あんたは見えなかったってワケ!?」

「ちょっ……やめよ、ねぇ」


連れらしき女性が必死になだめようとしているものの、

気の強そうな彼女は、グッと拳を握って食い下がります。


「いたでしょう! 子どもが!

 レストランの端……あのスミから、ジッとこっちを見つめて!!」

「えっ……」


その台詞に、私と友人はおもわず顔を見合わせました。

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