114.山登りの子どもたち①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)


あれは、わたしがまだ小学校四年生だったころのお話です。


今は、こんなかっぷくのいいオバサンですけれど、

そのころは、まだかわいらしい、小さな女の子でねぇ。


体力もロクになくって、運動神経もてんでダメで、

かけっこやマラソンも、いつも最後尾から数えたほうが早いくらいで。


そんな運動オンチですから、四年生の秋、

校外学習で山登りする、ってなった時……

正直、学校をズル休みしようか、とも思ったくらいです。


でもねぇ、仲のいい友だちもいっぱいいたし、

山だとか、自然は大好きだったから、多少ゆううつではあったけれど、

どうにかなるだろう、と生来のプラス思考で、結局参加することにしたんです。




「うぅー……」

「ほら、山下部。足とまってるぞ、がんばれ」


登山道を歩きはじめて、約一時間。

わたしはさっそく、みんなの列から外れはじめていました。


体力のない自分には、傾斜のきつい山道がなかなか越えられません。


みんなとペースを合わせられないので、

男の先生がひとり、付き添って登ってくれる始末。


足をなんとか動かしてがんばってはいるものの、

酷使された肺はキリキリと痛み、両足もジンジンしびれてきます。


「せ……先生、む、むり」

「そうだな……すこし、休むか」


汗がだらだらとふきだす顔面を向けたせいか、

先生は苦笑いしつつ、休憩をゆるしてくれました。


「はぁー……」


木に背中をよりかからせて、おおきく深呼吸をくりかえします。


指先まで酸素がかけ巡って、

しびれていた体がジワジワと体温をとりもどしてきました。


坂道の上のほうを見上げましたが、

同級生たちの姿はすっかり見えなくなっています。


葉っぱのあいだから薄くこぼれてくる太陽の光が、

キラキラと地面にエメラルドグリーンの色を映していました。


「つかれたー……」

「おいおい、まだ先は長いぞ?」

「えーっ……」


弱音をもらすと、先生はわたしを励ますようにかるく肩をたたいてきます。


「まあ、むりに追いつかなくってもいい。……ゆっくり登ろう」

「……はーい」


もう一度深く呼吸をくりかえして、

地面に置いておいたリュックサックを背負いなおしました。


よし、がんばって上に登ろう。

そう、気合いを入れなおした時です。


フッ……


ふと、さしこむ日の光が陰りました。


(あれ……天気、悪くなるのかなぁ)


昨日の予報では「今日は一日晴天」だとか、言っていたのに。


山の天気は変わりやす、というし、

もしかしたら一雨くるのかも、なんて考えつつ、傾斜に足を踏み出しました。


「……あれ」


ザッザッザッ……


土を蹴る靴の音が、前方から聞こえてきます。

同級生たちがもどってきた? とふしぎに思った私が顔を上げれば、


「……んん?」


おおよそ十人ほどの小学生の集団が、

こちらに向かって下ってきていました。


(うーん……見覚えのない子ばっかりだ)


その十人は、同年代ほどに見えるのですが、

だれも彼も、見たことのない顔ばかりです。


しかもみんな、口を真一文字に結んで、おしゃべりもいっさいありません。

顔もうつむき、足元だけを見て、暗い面持ちで歩いてくるのです。


(……ほかの学校の子、かな)


ちょうど入れ違いになったのでしょう。

わたしはつい、ふだんの癖で、大きく口を開けてあいさつしようとしました。


「あ、こん……」

「シッ」


と、突如グイっと口をふさがれました。

背後から手を伸ばしてきたのは、黙っていた先生です。


「いいか、あれを気にするな。ゆっくり、しんちょうに足を進めるんだ」

「えっ……でも」

「姿も見るな。……いいか、足元だけ見てろ。転ばないようにな」


先生はそろりと手を外すと、静かに、しかし重い口調で言いました。


いつもの快活な態度はまったくちがう様子に、

わたしはコクコクと無言で頷きます。


「……ちゃんと、ついてこいよ」


そっと足を踏み出し始めた先生の後を、

わたしもノロノロと続きました。


「…………」

「…………」


先生も、わたしも、なにも言葉を交わしません。


ザッザッザッ……


足音は、どんどん近づいてきます。


先を歩く先生の背中が、緊張のせいか、ピン、と張るのがわかりました。


あとに続くわたしが遅いのを気にしてか、わずかに歩調も落とし、

こちらを気にしつつも、前方の小学生たちにも意識を向けているようです。


ザッザッザッ……


「…………っ」


足元の土に目を落としていても、すぐ間近にせまった小学生たちの、

古びたスニーカーが視界に入りました。


白いスニーカーには、あちこち泥やよごれがまとわりつき、

それが靴下にまでとんでいます。


ザッザッザッ……


「…………」

「…………」


すうっ、ととなりを彼らが通り抜けました。


ハッ、と安堵でもれた息。

代わりに吸いこんだ空気に、一瞬、妙なにおいを感じました。


(なんだろ……焦げたような……煙たい臭いがする)


たき火で嗅いだことのあるような、でもそれよりも鼻をつくにおい。

そう、髪の毛を誤って火に入れてしまったような、不快感のある独特の――。


(……今の……)


湧きあがる好奇心、そして違和感。


前を歩いている先生は、けっして彼らを振り返ることなく、

足取り重くジッと正面に視線を向けています。


わたしはドクドクと脈うつ心臓を押さえ、

首をわずかに、うしろへと向けました。


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