111.身代わりマネキン②(怖さレベル:★★☆)

 

(……う~ん……)


私はひとり、事務所内でうめき声を上げていました。


夕方の仕事時間。


たったひとりきりの社内で、得体のしれない気配のようなものを

絶えず感じていたからです。


(気のせい……いや、意識しすぎ、とはわかってるけど……)


目の端にチラチラと入りこむ、笑顔の仮面。


暗くなってきた夕暮れの室内で、

まったく身じろぎ一つしないマネキン人形は、

ただただ、気を散らせる原因でしかありません。


(う~ん……)


チラッ、と横目で奥の息子にも目を向けました。


夕日の赤い光を体の半面に受けたそれは、

濃淡をクッキリとあらわし、相も変わらず笑っています。


「……怖い、な」


正直な感想が知らぬうちにこぼれおちて、

あわてて首を左右に振りました。


(マズい。社長の前じゃ、こんなこと口に出せないぞ)


アレから、見違えるように元気なった社長。

彼らの生前と同様に、今ではバリバリ仕事に励んでいます。


もちろん、心中には複雑な思いは抱えているのでしょうが、

少なくとも、表面上で悲しみを表わすことはなくなりました。


それは――たしかに、あのマネキン人形のおかげ、ではあるのです。


着用しているのは生前の彼らの服であるし、

顔の造形や体格など、瓜二つ。


それがいくら不気味で気持ち悪くても、

せっかく気力をとり戻した社長に、気取られるわけにはいきませんでした。


(怖くない。気持ち悪くない。不気味じゃ……ない)


一つ一つ、自分に言い聞かせるようにして、

人形たちを意図的に視界から外します。


「…………」


パソコンのカタカタと鳴るキーボードの音だけが、

静寂に満たされた社内で、やたら大きく響き渡りました。


(うぅ……集中、できない)


一人きりの社内。

いや、人形と三人きり。


それが亡くなった二人の依り代というのがまた、

心を寒くさせる原因の一つでもありました。


社長なり、他の社員なりがはやく戻ってこないだろうかと、

ゆううつな気分でグッと背伸びをすると。


……ガタンッ


「あっ……!」


手足を伸ばした勢いで、ひざが激しく机にぶつかりました。

その振動がとなりにまで伝わって、揺れて。


グラッ……ドサッ


「あ、ヤバ……ッ」


イスに軽く座らされているだけだったマネキンが、

バランスを崩して床にすべり落ちてしまいました。


あわてて近づいて、地面に転がったマネキンを真上から見下ろします。


(うわ……ますます、気持ちわるい)


雑に四肢を床に放りだされたソレは、

人体では命を維持できない角度に関節がおれ曲がっていました。


まるで、踏みつぶされた昆虫の足。


人間なら、複雑骨折で病院行きの姿であっても、

そのマネキンは唇をもちあげ、うっすらと笑みを浮かべています。


蛍光灯のまっ白い光が、マネキンの眼球に影を落として、

表情に壮絶な色合いをのせていました。


「…………っ」


背中に、冷たい汗がしたたり落ちました。

アレに触れたくない、という本能的な恐怖で、指先が小刻みに震えています。


しかし、そのまま放置しておくわけにもいきません。

社長が帰ってきたら、きっと怒り狂うでしょう。


「うぅぅ……」


私は身体の奥から恐怖を押しだすようにうめきつつ、

ゆっくり、そっとマネキンの肩をもち上げました。


「ぐっ……重っ……!!」


てっきり中は空洞で軽いのだろうと考えていた私は、

ピキリ、と骨に負担がかかったのがわかりました。


ドッシリと重い人形に、歯を食いしばりながら力をこめます。


「うぐっ……とにかく、もとに……!」


手を離してしまったら、それこそ壊してしまうかもしれません。


慎重に、慎重にと自分に言い聞かせながら、

私はそうっとイスの上へマネキンを移動させました。


(なんでこんなに重いんだ? 中に、なにか入って……)


と、一息ついて、人形の背中を軽く叩いた時。


「……あ、チャック?」


背中の中央に、開閉用のファスナーがあることに気づいてしまったのです。


(マネキンにチャックって……イヤな予感しかしない)


ドッシリと重量のある人形。

洋服に隠されるように存在しているファスナー。


「…………」


チラリ、と時計を確認しました。

まだ、社長は戻る時間ではありません。


「……少しだけなら、いいだろ」


中を確認して、そして、すぐ戻そう。

そう思い、意を決してマネキンの服のすそをめくりました。


(このチャックだな……)


目立たせぬためか、肌色に近い銅色のファスナーに、

私はソロリと指をかけました。


「……ふー……」


息を深く吸い込んで、


「……それっ!」


ジャッ、と勢いよく引き下ろしました。


「中身は……アレ?」


深い切り込みの先は、暗くてよくわかりません。

明かり代わりに、スマホのライトで中を照らすと、


「ん? 白い……? なんだ、これ……」


白いカケラのようなものが、大量につめ込まれています。

みっちりと、隙間を嫌うように押し込められたそれは、まるで――、


「……骨……?」


脳裏に浮かんだ、恐ろしい想像。

コロコロと内部に潜んでいる白い、小さい、固いモノ。


それが、ファスナーからこぼれ落ちそうなほど大量に、

ぎっしりと体内に含まされているのです。


形はさまざまで、細いモノもあれば太いモノもあって、

ライトに反射して、つやつやと光を放っていました。


(まさかコレ……社長が……?)


目の前で展開されたマネキン内容物に、

ドッドッドッ、と心臓が鼓動を速めていきます。


ただでさえ、気色の悪い奥さんそっくりのマネキン。

そこに、奥さんの骨を入れたのでしょうか?


湧きあがるおぞましさと恐怖に、胃が引きつるのを感じました。


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