105.祭りの日の公園③(怖さレベル:★★☆)

「え……う、あ……っ」


呆然とその光景を見つめるオレの目の前で、

少女はつぎつぎに黒い影に飛びつき、むさぼり、呑み込み――、


(た、助かった……?)


あっという間に、すべての影を消し去ってしまったのです。


シン……


気が狂いそうなほど響いていた祭り囃子も消え、

ふたたび公園内に静寂が戻りました。


オレは、まだ残る恐怖とそれから開放された安堵感で力が抜けて、

やっとのことで自転車にすがりついていました。


「あ……あの……」


少女の後ろ姿に、オレはそっと声をかけます。


「あ、あの……ありがとう、助けてくれて」


彼女があの化け物たちを吸い込んでくれたおかげで、

オレは無事、この公園から帰れそうです。


ホッと胸を撫でおろしつつ、感謝のまなざしで彼女を見つめていると、


「……とったろか?」


小さな、小さな声が聞こえました。


「……は?」


オレがボケっと口を開くと同時に、

彼女はクルリとこちらを振り返りました。


「いっ……ヒィッ……!!」


そこに顔はありませんでした。


いや――正確にはちがいます。


あの、美人でも不細工でもない、ふつうの顔があったはずのそこには、

さっきまでこの公園を占拠していた黒い人影たちのように、

すっかりまっ黒に染まった能面がありました。


「……とったろうか?」


前髪を夏の夕暮れの風になびかせて、

まっ黒い顔をこちらに向けて。


ジリ、ジリ、と少女は歩を進めてきました。


さきほどまでの感謝の気持ちは消えうせ、

この目の前の異常ななにかへの恐怖ばかりが倍増していきます。


(とる……取る、って、なにを……?)


まるで現実味を帯びない、目の前の光景。

ジリジリと肌を焼く暑さで、額から汗がしたたり落ちます。


「とったろか? ……取ったろうか?」


黒い顔の、口らしき部分が。

ぐんにゃりと、笑みのかたちに歪みました。


「いっ……、いい! いらない!!」


とっさに口をついた否定の声が、公園内に響き渡ります。

ようやく動いた身体に、オレは自転車を置いて、

サンダルを引きずるようにして後ずさりました。


「取ったろ……取ったろうか……?」


少女のゆがんだ口元が、笑みから逆のへの字に変わり、

お団子で行儀よく整えられていた髪が、怒りをあらわすかのように乱れ始めました。


「いらない……いらないったら!」


ジリジリと、震えながらさらに後ずさった瞬間。


ガンッ……


後ろ足が、公園の柵にぶち当たりました。


(うっ……ウソだろ……っ!!)


道路に面している公園。


とび出し防止に高くつくられた鉄柵は、

小柄な自分ではとても飛び越えられません。


「……取ったろうか」


自分が慌てふためいているのがわかったのでしょう。


少女はいまだ黒くにごる顔をぐにゃぐにゃとゆがめ、

笑うのを抑えようとしてか、小さな指を口元に添えました。


その、うすく開いた空洞からは、

いいようのない、おぞましい悪意がこぼれだしています。


「う、うぅ……っ」


もはや、万事休す。

きっと、命を取られてしまうのだ。


絶望的な気持ちでギュッ、と目を閉じたオレの耳に、

ふと――奇妙な音が聞こえました。


ヒュー……


「……え?」


どこか覚えのある音に、そっと暗い空を見上げました。


さっきまでのしの笛の音、とも違う。

でも、なんだか聞いたことのある、この音――。


ドオォォン……


と、まばゆいほどの金色の閃光が、パッ、と夜空ではじけました。

眼前に落ちてくるような大輪の光は、夏の風物詩でもある、祭りの大トリ。


(花火……そんな時間、だったんだ)


ポカン、と空を見上げた目を、そのまま呆然と公園内に戻しました。


「あ……れ?」


そこには、誰の姿も――なんの形もありません。


まるで今までがすべて夢まぼろしでしかなかったかのように、

あの女の子の姿は、影もかたちもありませんでした。


静かになった公園のなかで、

オレは一人、しばらくそのままたたずんでいました。




……えぇと、オレの話は以上です。

これで終わり? と、不服でしょうか。はは……すみませんね。


けっきょくあの女の子は、あの黒いなにかを取り込んだだけの、良いモノだったのか。

それとも、オレをとり殺そうとしていた化け物だったのか。


それすらも、わからないままなんです。


でも、あの時に感じた怖ろしさはまちがいなく本物で、

あの「取ったろうか?」の言葉に含まれた悪意はたしかでした。


それに……なにせ、あんな目にあった公園ですし、

オレはとても近寄る気にはなれなかったんですが。


あいかわらず、学校には近いしけっこう広いし、

継続して、小学生たちには人気の場所だったんです。


でも……あの翌年の夏、だったでしょうか。

あの公園、しばらく立ち入り禁止になったんですよ。


なんでも……あの公園のブランコのところで、

獣に食われたかのような、ひどい姿の死体が見つかった、だとかで。


あの日。


もし、あの黒い人影に襲われていたら。

もし、あの少女になにかを取られていたとしたら。


その場所で、死体になっていたのはオレだったのかもしれません。


……どうも、聞いてくださってありがとうございました。

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