105.祭りの日の公園②(怖さレベル:★★☆)

(ヤバッ……)


うるさかっただろうか、とオレは少しだけ勢いを落としました。


クラスの女子連中にも、さんざんデリカシーがないだとか、

さわがしいだのと喚きたてられていたので、幼心に気を使ったんですよね。


しかし、女の子はなにか声をかけてくるわけでもなく、

そのままぼんやりと無言でブランコを揺らしているようでした。


ギィー……ギーコン……


暮れかけたオレンジ色の太陽の下で、

ぬるい風がザァッと間をかけ抜けていきます。


ギィ……ギーコ……

ピィー……ドンドン……


独特のブランコの鎖の音のなかに、

ふと、遠く祭りばやしの音色が混ざってきました。


(あー……ここまで聞こえて来るんだ)


せっかく、忘れかけていたのに。


今までのお祭りでは、家族や友だちのなかで過ごしていただけに、

キリキリと心がしめつけられます。


ピィー……ヒュー

ドン……ドドン……


しの笛の音色が、夏の空気を涼やかに奏でています。


そこに混ざる、低い太鼓の音。

はげしく打ち鳴らされるそれは、今まさに、

祭りの最高潮をあらわしているかのようでした。


ピィー……ヒュー……

ドン……ドン……


(…………?)



その、祭ばやしが。

だんだん、だんだんと、音の大きさを上げてきました。


ピィー……ドン……

ヒュー……ドドン……


いくら同じ町内とはいえ、祭り会場とここではかなりの距離があります。

それがこんな間近で聞こえてくるなんて、いくらなんでもおかしすぎる。


そう、オレが違和感を覚えた時。

ふと、公園の入口に人影が見えました。


「……ひ、っ」


黒い、人だかり。

ザワザワと、重なりあうように密集している人型のなにか。


まるで、羽虫がブンブンと人にタカってくるかのような。

地を這うアリが、死んだ獲物にわれ先にと集まっているかのような。


そんな不気味でおぞましい集団が、公園の入口につのっていました。


「な……な……!?」


頭頂部から足先まで、人のかたちはしているのに、

まったく濃淡も色もなく、ただただまっ黒なのです。


顔の部分には目鼻もなく、男女の境もありません。

しかし、口と思われる場所だけがあんぐりと開いて、


ピィー、ドン

ヒュー、ドドン……


あの祭り囃子が、発されているのです。


明らかに異常な物体。


それが、一体や二体ではなく、軽く三十を超えるくらい、

すぐ近くに集結しているさまは、恐怖でした。


「ひっ……い……っ」


オレは怯えと驚きのあまり、ブランコをこぐ力が弱まって、


ガタン!!


と、鎖を揺らして大きな音を上げてしまいました。


すると。


それらの黒い人影たちはいっせいに、

頭を揺らしてこちらを見ました。


目もないのに。顔もないのに。

なぜだか直感で、それが理解できたんです。


「あ……わわ……」


逃げなくちゃ。

逃げなくちゃ――!!


ガタガタと震えはじめた体を動かそうとするも、

ワケのわからない恐怖ですくんで、足がちっとも言うことを聞きません。


ピー、ピョロー……

ドドン、ドン……


まるでこの場で祭りが行われているかのように、

お囃子もドンドンと音量を上げていきます。


それに連動するかのように、黒い人影たちはゆっくり、

ゆらゆらとその身を揺らしながら、公園の中へ入って来てしまったのです。


(じ、自転車に乗れば……っ!!)


砂場にとめてある自転車。

あそこまで行けば、助かる――!


そう思い、震える足をなんとか叱咤していた時。


ギー……コン


となりの女の子が、ストン、とブランコを下りました。


(あ……っ)


すっかり存在を忘れ去っていた少女。


小さなお団子がオレの視線の前で小刻みに揺れ、

うす紫の浴衣がふわっと裾をひるがえしました。


彼女はゆっくりと公園の真ん中へと進んで、

黒い人間たちの方を向きました。


(もしかして……助けてくれる、のか……?)


さっきまで座っていた時も、ちょっと不気味ではあったけれど、

敵意は感じませんでした。

幼い少女という姿かたちからしても、もしかしたら、なにかの神様かもしれない。


オレがいちるの希望を抱いて、じりじりと自転車の方へ移動しつつ、

すがるように女の子のうしろ姿を凝視していると、


ザッ……ザッ


少女はなんの躊躇もなく、ゆらりゆらりと近づいてくる黒い影の正面に立つと――

ガブッ、といきおいよくその影にかじりついたのです。


(ひっ……!?)


黒い影は、抵抗をしめすようにグラグラと激しく揺れているのに、

彼女はなんのためらいも怯えもみせず、そのさほど大きくない口を拡げ、

ズルンズルン、と人影を呑み込んでいきました。


ピー、ヒョロー……

ドン、ドドン……


祭り囃子が小さくなり、いままで集団でこちらに近づいていた影たちが、

じわじわと後ずさっていきます。


そんな黒い物体たちを前に、女の子はザッ、ザッと下駄で近づいて、


ズルンッ、ズズッ


今度は、一口。

また、影を一飲みしてしまいました。


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