104.キャンプファイヤーの人影②(怖さレベル:★★☆)

「ねぇっ……あれ! 誰かいるよ!!」


その叫び声に、みんながいっせいにその方向へ視線を向けました。


――暗い、黒い木々のあいだ。

キャンプファイヤーの明かりを吸収してなお、濃くよどんだ暗闇。


ドロドロといっそ重さすら感じさせるほどの影のなかには、

ただただ、くすぶるような闇だけが広がっています。


そこに、人の影など、ありません。


「な、なにもいない……けど……」


わたしの目には、そこには夜の暗さが静かに横たわっているだけにしか見えません。

首を傾げながら、最初に声を発した友人を振り返ろうとすると、


「なに言ってるの!? いる、いるじゃん!!」

「ヤダッ……こわい、こわいよっ!」

「へんな人が……あそこから、目が……っ!!」


と、ザワザワとみんなが騒ぎだしました。


つぎつぎと上がる悲鳴のなかには、

『見える』人と『見えない』人がいましたが、

とにかくみんながパニックになって、収集がつかないような状態でした。


「ねぇっ、黒い固まりがあるよ!」

「ちがう……っ! 女の人、女の人が覗いてるよ……っ」

「ウソッ、がいこつだよ! 下の地面から手招きしてるじゃん!」


みんながみんな、なにか幻でも見ているのか、

支離滅裂な言葉をくり返しています。


あまりの異様さに、わたしは後ずさりしながら闇のなかを凝視しましたが、

やはり、変わらずただまっ暗闇しか見えませんでした。


そう、なにも見えません。


見えません、が――その、ただただ影のような暗闇だからこそ、

底のない黒い穴が、ぽっかりと口をあけてこちらを呼びこもうとしているような。

そんな得体のしれない不気味さに、ゾワゾワと背筋が冷たくなりました。


「落ち着いて! みんな、落ち着け!!」


先生たちが、必死にパニックを収めようとみんなに声をかけますが、

一度混乱しはじめた子どもたちは、とても落ち着くことなどできません。


集団パニック――それはまさに、集団パニックそのものだったのでしょう。


「大丈夫だから! 先生たちが、ついてるから、落ち着きなさい!」


いくら先生が声をかけても、ぎゃくにその大声に驚いて、

不安が増し、恐怖におそわれて、混乱する。その悪循環です。


わたしも周囲の混乱に巻き込まれながら、

じりじりと『なにかがいるであろう林』から逃れるように後ずさって――。


「きゃぁぁあああ!!」


となりにいた友人が、突然大声で叫びました。


「ひぃっ、ギィッ! た、助けてぇええ!!」


今までと比べものにならない断末魔のごとき悲鳴。

振り返ったわたしが見たのは、見るも無惨な光景でした。


ゴオオォォォ……


夜闇に吹きあがる赤い炎。


さきほどまで、わたしたちを照らしてくれた暖かいその光が、

友人の服に――服に、燃え移っていたのです。


「痛いッ、熱ぃいっ!!」


またたく間に火は速度を速め、彼女の体を焼き始めています。


ゴロゴロと地面に身を擦りつける彼女。

慌ててかけ寄ってきた先生たちが、バタバタと布をふりおろして火を消そうとしています。


プゥン、と鼻につくのは髪や皮膚が焼ける臭いでしょうか。


にぎやかな音楽とともに夏の思い出となったはずのキャンプファイヤーが、

その時は人間を溶かす溶鉱炉のごとき恐ろしいものに思えました。


ぎゃあぎゃあと苦しむ彼女の悲鳴に感化されて、

同級生たちも、いっせいに泣き喚き始めました。


「怖いっ、怖いよぉっ!」

「痛い、痛い!! 熱いっ」

「変な人がっ! こっちに来るっ!」

「すぐ消してあげるから! 大丈夫だから!」


うしろは炎、前は暗闇。


必死で消火活動をつづける先生たち。

化け物がみえるとわめく生徒たち。


夏の夜のその光景は、地獄があればまさにあのような場所なのだろうと

幼心に思うほど、ひどく混沌としておぞましいものでした。




その後……消防と救急が到着すると、

大やけどをおった彼女は病院へとすぐに搬送され、

パニック症状に陥っていたみんなも、あっという間に沈静化されました。


この出来ごとは学校内でもかなりの大問題になり、

地方新聞でも大きく取り上げられました。


当日つきそった先生たちは、親への謝罪はもとより、

減給と謹慎処分がくだされた、と聞いています。


そして、最初に林のなかを見てしまったあの先生は、

そのまま復帰せず、退職してしまった、と。


火が燃え移ってしまった彼女も、体のあちこちにやけどを負って、

手術をなんどもくり返したものの、多少の傷跡は残ってしまったようでした。


わたしは、幽霊らしきものも視なかったし、

ものすごいパニックに陥ったわけではありません。


でも……あの日、炎にまかれる友だちの姿と、

同級生たちが狂ったようになにもない暗闇を見て怯えるあの風景は、

今となっても呪いのように、脳内に焼きついています。

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