100.学校の四階女子トイレ②(怖さレベル:★★☆)

校舎内を探検する前、さきにトイレをすませておこうと、

みんなで揃って、女子トイレへ飛び込みました。


個室は四つ。他の四人が慌てて先にこもってしまったので、

私は先に出た矢間田さんと入れ違いに、開いた個室に入りました。


そして、そこから出たら――誰もいない状態。

惨めにも、この女子トイレ内に一人閉じこめられてしまった、というわけです。


(四階だし……窓からは、でられない)


換気用の窓はあるものの、

落下防止用の柵がついていて、そこからの脱出は不可能。


ランドセルはトイレに入るからと外に置いてきてしまい、

いっしょに入れていた携帯電話もありません。


親が不審に思って探しにきてくれるとしても、

今はまだ、六時間目が終わったばかり。


遊びに行ったと思われれば、

すぐに探し始めてはもらえないでしょう。


「うぅ……」


一人閉じこめられた心細さと悔しさで、涙すらにじんできました。

そもそも、彼女たちにこうした所業をされる心当たりだってないのです。


こんな悪質な、イジメのようなこと。

ふだんロクに会話もしないというのに、いったいどこで恨みを買っていたのでしょう。


扉の向こうの彼女たちは、ただあざけるように笑うばかりで、

理由もなにも言わず、立ち去って行ってしまいました。


(うさばらし……? どうしてあの時『いいよ』なんて言っちゃったんだろう)


自分のうかつさばかりが悔やまれます。


二月の冷え冷えとした夜気がヒュウヒュウと吹き込んできて、

手首のすそからそっと皮膚を撫でてきました。


(寒い……)


上着は着ていても、数日前から風邪を引いているこの身では、

ブルブルと嫌な悪寒が全身を震わせ始めています。


(どうしよう。どうすれば……)


両腕で肩を抱くようにして、

グルグルと同じ単語をくり返し思い浮かべていると、


ピチャ


ふと、手洗い場の蛇口からこぼれる水音に、意識が向きました。


(水……?)


さっき手をすすいだ時、しめ方が甘かったのでしょうか。


私は腕をほどいて流し台に近寄り、

ギュッ、と力をこめて蛇口をしめました。


「……あ」


指先にふれた、キンと冷えた金属の感触。


うつうつと考えこんでいた思考が、

ふと、重苦しいウワサを思い出してしまいました。


――学校の七不思議。

どこの小学校にでもある、定番の怪談話です。


音楽室。深夜ひとりでに月光を奏でるピアノ。

テニスコート。木曜日の明け方4時に少女の霊が立っている。


そんな、よくありがちな、でも本当だか嘘だかわからない話のうちの一つに、

こんな怪談がありました。


『学校の女子トイレ。首吊り自殺した女子生徒が棲みついていて、

 夕方の六時以降にトイレに入ると、なにかが起きる』


はじめにお話した通り、私は男勝りでいつも外で遊ぶタイプ。

クラブ活動にしても四時前には終わっていたし、

七不思議なんてバカみたい、と呆れてさえいました。


だから当然、怪談なんて信じていなかったし、

自分がそれに遭遇するなんて、考えたこともありませんでした。


「うぅ……」


しかし。こうして、一人。


トイレ内に閉じ込められ、

シン、と静まりかえったタイル張りの壁に囲まれてしまうと、

ジワジワと冷たい恐怖がわき出してきます。


せめてもの抵抗と、うすく開いていた窓を思いきり引き開けると、

校庭で遊んでいる子どもたちの声が遠く聞こえてきました。


(大声をあげれば、誰か来てくれるかも)


私は窓の外へ向けて、助けを呼ぼうと

目いっぱい大きく口を開きました。


「おーい! だれか……ゲホゲホッ」


ムリに大声を出そうとしたせいなのでしょう。

喉がギュッと痛み、思わず咳き込んでしまいました。


(ヤバ……風邪が……)


病み上がりの体は、この二月の寒いなか、

トイレのタイル張りによってさらに冷やされ、症状がぶり返しはじめました。


ピリピリと熱をもつ喉の内側。

慌てて手洗い場の水でうがいをして落ち着かせようとしたものの、

ふたたび大声をあげるだけの力は残っていませんでした。


「うぅ……」


痛い。怖い。寂しい。


うっすらと黄ばんだ、ひややかなタイル張りのトイレ。


暖房のない凍えるような寒さの空間で、

いくら厚着をしているとはいえ、ガチガチと奥歯が震え始めました。


はきだす息はうっすらと白くなっています。

ひゅう、と窓からふきこむ夕方の風が、心までをも冷やしていくかのようでした。


私は心細さと寒さですっかり意気消沈して

一番手前側のトイレの便座に腰掛けて、ぐずぐずと鼻をすすりました。


(……どうして、こんな目にあうの……?)


熱を発しはじめたダルい身体が、

急速に疲れを感じさせて、私はトイレの背もたれに体を預けました。


床のタイルが、窓からさしこむ茜色の光をぼうっと反射します。


キラキラと輝くその光景が、瞳に映って、

まるで催眠術のように、ぼんやりとまぶたを重くしました。


そのまま、導かれるように目を閉じて――。


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