97.理科室の人体模型②(怖さレベル:★★★)

「これに入れときゃ、他の先生が来たときでも言い訳がつくしな」

「あんま期待してると、なんも無かったときショックだぞ」

「そん時は、おとなーしく勉強に戻るさ。じゃ、開けるぞー」


と、ノリノリで彼はその扉に手をかけて、


「さーて、なにが入ってるかなー?」


ゆっくりと、開きました。


――ゴトッ


「……え?」


倒れ込んできた何かの塊。


則本の足元に覆いかぶさってきたそれは、

赤い血管が全身に張り巡らされた、腰から上だけの――人の、形。


「…………ッ!?」


強張った口元からは、悲鳴すら上がりません。


硬直した則本も、呼吸を忘れたかのように、

ヒッヒッと引きつった声が上がっています。


「こっ……これ、し、死体……っ!?」


僕がヨロヨロと後ずさりすれば、


「あ……い、いや……ち、違うわ、これ……」


一足早く恐怖から抜け出した彼に否定されました。


「これ……あれだよ、人体模型……」


足に覆いかぶさっているそれを恐る恐る持ちあげた則本が、

トスン、と机の上にそれを置きました。


つられるようにまじまじとその人形を観察すれば、

腰から上だけのそれは、確かに教科書等で目にしたことのあるもの。


頭頂部から真っ二つに縦線を下ろし、

左半身が筋肉の構造を表し、もう半身が内臓の位置を示している姿。


脳の部分も露出され、無感情な眼球が埋め込まれたそれは、

ただそれだけで不気味さが際立ちます。


「うわ……実物見たの、オレ、初めてかも……」


グロ耐性がない自分にとって、少々抵抗のあるビジュアルです。


映像で見る分にはともかく、こうも立体的だと、

薄気味悪さすら覚えるほど。


則本も同じなのか、青白い顔で口元を押さえつつ、ボソリと呟きました。


「……これ、さあ。気持ち悪いよな」

「ああ……まぁ、ちょっとな。いくら授業の為のモンっていったってさぁ……」

「ちげぇよ。……これがあの掃除用具入れに入ってた、ってことがだよ」


彼は、自分の左腕をサワサワと撫でながら続けました。


「これ、教材だろ? なんでこんなトコロにぶち込んであるんだよ」

「た……確かに」


カギの掛けられた戸棚にでもしまわれているならわかりますが、

こんなあり合わせの用具箱に入れられているなんて。


ただでさえ、不気味なこの人体模型が、

より一層気味が悪く思えてきます。


「なぁ……これ、戻しておこうぜ」

「あー……だなぁ。なんか、シラけちまったわ」


互いの間に漂った微妙な空気。


それを振り払うように、則本はいそいそと、

机の上に置いた人体模型を用具入れに戻しました。


「うへっ……なんか濡れてる」

「おいおい……血とか言わねぇよな?」

「ただの水だろ……臭いもしねぇし……」


彼は苦い表情でそれを押し込んだ後、

ベターっと机に身体を伏せました。


「つーか……先生、遅くねぇ?」

「財布取りに行ったんだっけ? たしかに遅いな」


ガサゴソと準備室内を探って、すでに三十分ほどは経過しています。


気も削がれてしまったし、そろそろ帰るか?

なんて則本と相談していると、


「遅くなって悪かったなー!」


ガラリと扉が開いて、当の本人が姿を現しました。


「おっせーよ、先生。財布見つかった?」

「おう、やっぱ財布は俺のだったんだけどさぁ、教頭にちょっと呼び止められてな。

 あー、こんな時間になっちまった」


先生は大げさに肩を落として、

放られたままの教科書を手に取りました。


「悪いが、今日は終いだな」

「……はーい」

「お? ずいぶん素直じゃないか」


僕たち二人が文句ひとつ言わずに頷いたのが意外だったか、

先生はおちゃらけた風に片方の眉を持ち上げました。


「いやー……なんか、疲れちゃって」

「疲れるほど勉強してないだろーが。まったく、おもしろい奴らだなぁ」

「あー……はは……」


苦笑いを浮かべる先生に対し、勝手に室内を探った手前、

正直に話すわけにもいかず、適当に相槌でごまかしました。


「じゃ、施錠すっから、さっさと出ろー」

「あーい……」


ガチャガチャと片付けを始めた先生の指示を受けて、

僕たちはどこかテンションの上がりきらないまま、廊下に出ました。


「あー……明日のバイト、めんどくせー……」

「いいじゃん……うちなんかバイト禁止で、おまけに小遣い少ねぇし……」


ふだん通りの軽口も、どこか覇気がありません。


ポツリポツリと途切れがちな会話を続けつつ、

先生が準備室から出てくるのを待っていると、


「そろそろ、進路とか決めねぇとなぁ」

「進路、なぁ……なりたいモンなんて別に……お?」


ふに、っと。


適当に壁を蹴っていた後ろ脚に、柔らかいものが当たりました。


犬か猫かを踏んだかのような、ふにゃりとした感覚。


(えっ……? 学校に、生き物?)


わけがわからぬ状況に思わず振り向いた、その時。


「……ヒッ!?」


それが目に入ったとたん、

僕はもんどりうって前方に転がりました。


「佐々川、なにして……っ?!」


ギョッと目を見開いた則本が、

僕の視線の先をたどり、引きつった声を上げました。


>>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る