97.理科室の人体模型③(怖さレベル:★★★)

「……なっ、なんで」


壁と床の間。


そこに存在したのは、異様な物体。

ツヤツヤと照明の光を照り返す、人間の内臓です。


知識の乏しい僕であってもわかる、心臓の形。


それが、いったいいつの間に現れたのか、

廊下の端に落ちていました。


「こっ……これ、あの、人体模型、の……!」


則本が、ジリジリと後ずさりしつつ言いました。


「えっ……じ、人体模型?」

「真正面で見たからっ、間違いねぇよ! あれの身体ん中にあったヤツだ……!!」


ガチガチと奥歯を震わせながら、彼は強く首を振りました。


「どっ……ど、して」


あの時、ほとんど触れることなく元に戻したはず。


当然、勉強の為にここに来た時だって、

こんなものは廊下に落ちていませんでした。


となれば、いったい、どういうことなのか。


僕たちが思考停止状態で、

廊下の真ん中で硬直していると。


「おーい。お前ら、なんか騒いでたか?」


カギを片手に持った先生が、

ニョキっと扉から首を出してきました。


「え、あ……せ、先生……」

「おいおい、佐々川。廊下で受け身の練習でもしてたか?」


地べたに這いつくばる僕を見て、

先生はニヤニヤと笑みを浮かべます。


「んで、則本。そっちはなんだ、へっぴり腰で。

 イタズラする気なら、もうちょっとバレないようにだな……」



と、則本の姿に苦笑すら浮かべた彼が、

僕たちの視線を追いかけて、廊下の端に目をやった瞬間。


「ばっ……バカ、な」


おおげさなほど目玉をかっ開いて、ズザザッとのけ反ったんです。


「な……なんで……っ」


さきほどまでのひょうひょうとした姿からは考えられません。


僕たち以上の狼狽の表情をその顔に浮かべ、

落下した作り物の心臓を凝視しています。


「せっ……せん、せい?」


異常な反応を見せる彼に、ふいに僕が声をかけると、


「ッ! ……あ、ああ……すまんな、二人とも。

 せ、先生が戻ってくる時、資料を落としたみたいだな……」


と、頬の強ばったかりそめの笑顔で、

あからさま過ぎる嘘を言い放ちました。


「え……せ、先生、あの」

「こ、これは、先生が片付けとくからな! お前ら、

 気持ち悪いモン見せて悪かったな。さっさと帰れよー!」

「え、いや、その」


僕たちとその内臓とを隔てるように立ち塞がった彼は、

有無をいわさぬ圧力でぐいぐいとこちらを押しやってきました。


「あ……わ、わかりました……帰ります」


逆らってはいけない気迫に、まだ食ってかかりそうな

則本の首ねっこをつかんで頭を下げました。


「じ、じゃあ……お邪魔しましたー」

「おう! じゃあな! また来週!」


過剰なほどの笑顔で手を振る先生に若干の恐怖を覚えつつ、

そのまま慌ただしく階段を駆け下りました。


「……おい、なんだったんだ、あれ」

「さあ……?」


真っ赤にそまった夕焼けを全身に浴びて、

僕がちは息を整えながら、玄関先で呻きました。


「わかんないけど……でも、なんか、ヤバかったな」


奇妙な人体模型に、おかしな先生の態度。


廊下に内臓が落ちていたことだってあり得ないし、

不思議なことだらけです。


「……っわ、なんだぁ?」


と、則本が突如慌てたような声を上げました。


「おいおい、どうしたよ……って、うわ」


なにを騒いでいるのかと彼に視線を向け、思わず声が裏返りました。


隣に立っていた則本の肘から手首の辺りまでが、

赤い液体でぐっしょりと濡れていたのです。


「い、いつの間にそんな怪我したんだよ!」


大怪我だと僕があたふたし始めるも、当の本人はフルフルと首をふって、


「ち、ちげぇ……これ、俺のじゃねぇよ。なんか……濡れてるだけで」

「え……濡れてる?」


血液が染みたようなその汚れに、パタ、と動きが止まりました。

混乱した脳内が、ふとさきほどの理科準備室でのやりとりを再生します。


『うへっ……なんか濡れてる』

『おいおい……血とか言わねぇよな?』


ただの水だと、臭いもしない、と言っていたけれど。


則本もきっと同じ回想に至ったのでしょう。

とたんに顔色を真っ白にして、


「……っ、あ、洗ってくる!」


と、校庭の蛇口に向かって走って行ってしまいました。


残された僕は手持ち無沙汰になってしまい、

さきほどの準備室での出来事をボーッと考えていました。


(……へんなところに入ってた人体模型。それに、あの先生の態度)


あれは呪いのアイテムで、扉を開けてしまったことで封印が解かれた、とか?


(いや……ないわ)


パニック映画の見過ぎだな、と自分自身に苦笑しつつ、

なにげなくぼんやりと校舎を見上げた時。


「……え」


冷たい、刺すような視線。

四階の窓から、一瞬、なにかの影がよぎりました。


(なっ……なんだ、今の)


おぞましい悪意を叩きつけてきた謎の影。

瞬きの間に消え去ってしまったけれど、いったい――。


「……っふー、悪い悪い! ようやく落ちたぜ~」

「あ……あ、あぁ」


手のひらから水滴を振り落としつつ、

すっかり気を持ち直した則本が戻ってきました。


「ん? どーしたんだよ、上見て」

「いや……なんか、あそこから……誰か、こっち見てた気がして」

「……おいおい。さっきの今で、洒落になんねぇぞ」


彼が、さわさわと落ち着かな気に自分の腕を撫でています。


「ま、まぁ、気のせいだと思うけどな。さ、さっさと帰ろうぜ」

「そ……そう、だな」


ボクたちは、感じた悪寒をきのせいと割り切って、

そのまま帰路についたんです。


しかし、残念ながら、それではい終わり、としてくれるには、

アレは悪質過ぎたんですよね……。


ああ、だいぶお話が長くなってしまいましたね。


続きはまた……機会があれば。

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