96.踏切前のアパート①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)

『30代男性 沼田さん(仮)』


貧乏で金がない頃の話なんですがね。

俺がまだ、社会人になったばっかの時ですよ。


住むなら、なんせ家賃の安いトコ、ってことで探してて。


鉄道沿いにあるアパートが、騒音やらなんやらで入り手が少ないから、

かなり安くしてくれるってんで、意気揚々と契約をしました。


音くらいなら、耳栓やイヤホンやらでどうにかできるし、

会社からは車で十五分の場所で、1LDK。


おまけに家賃が駐車場代込みで二万五千円とくれば、

いちにもなく飛びついちまったんです。


まぁ、住んでみればガタンゴトン鳴る音はたしかに

うるさかったけれど、慣れりゃあどうってことありません。


もともとあんまりテレビも見ないし、

薄給の割に仕事も忙しくって、ほとんど寝るためだけのうちでしたし。


ただ、踏切。

あれの音が案外ネックでして。


あのカンカンって音には、たまーに昼寝してるときなんか、

起こされちまうことはままありました。


オマケに……まぁ、こいつが一番の問題で。

事故がね。多かったんですよ。


事故っつーのはもちろん、飛び込みです。


俺は今まで、ほとんど電車に縁がなかったもんで知らなかったんですが、

うちが面している路線は、県内いちの飛び込み件数を誇っているトコだったようで。


大体は駅舎からの人身事故がほとんどだったみたいですが、

どうやら家のそばの踏切でもけっこう起きていたみたいで、

花束が置かれているのなんて、しょっちゅう見かけました。


俺の部屋を出た二階の廊下からは、ちょうどその踏切が見えるんですが、

幸い、越してきてからは、それらしいモンを見たことはなかったんです。


でも、引っ越しの挨拶をしたばっかの隣人さんが、

偶然にもその瞬間を目撃してしまったらしくて。


まだ二十代前半くらいのOLさんでしたけど、

あっという間にどこかへと越して行ってしまいました。


俺だって正直、そんな話を聞いたりしてイヤな感じも覚えましたけど、

実際にそのシーンをみたわけでもないし。


それも織り込み済みでのこの家賃なんだろうと、

そのまんましばらく暮らしていました。




ある日の午後のことです。

ありゃあ、忘れもしない、午後の二時。


俺がコンビニ弁当の昼食を終えて、

ダラダラとフリーペーパーなんぞをヒマつぶしにめくってた時ですよ。


カンカンカン……


もはやおなじみとなった、遮断機の下りる音が聞こえてきました。


その頃は入居してからはや半年が経過していて、

耳栓やイヤホンがなくっても気にならないような状態になっていました。


だから、別段気に留めることもなく、

欠伸なんてしながらゴロンと部屋に横になったんです。


(このまんま、昼寝でもすっかなぁ)


敷きっぱなしの布団に大の字に寝転がって、

遮断機の音をBGMにウトウトとし始めた、そんな時。


ブウゥゥゥン……ドゴォンッ


「……あ?」


ハッ、と虚ろだった意識が覚醒しました。


鼓膜に爆音が叩き込まれ、ボロアパートがぐらりと揺れます。


寝ぼけ半分だった頭がむりやり現実に引き戻され、

俺は今のが夢かまぼろしか判別できぬまま、ゆっくりと身体を起こしました。


(なんだ? 今の……地震、じゃねぇ……よな)


開けっ放しの窓の外から、えんえんと途切れず聞こえる遮断機の音。

それに少しずつ、人の怒鳴り声やざわめきが混ざってきました。


「……事故、か?」


俺はたいして何も考えず、ただちょっとした野次馬根性で、

サンダルをつっかけて玄関から外へと向かいました。


「……げぇっ」


つい、失礼な声がもれてしまいました。


俺の住むアパート二階の廊下から、

ちょうど見下ろせるその線路の位置に、

赤い液体をぶちまけた黒い固まりが見えてしまったんです。


(あれ……死体、だよな……たぶん)


すぐに目をそらしたものの、そのあまりに生々しい色彩は、

焼きごてで判を押されたかのように脳裏にくっきりと焼き付いていました。


大きさは小さく、一見子どものよう。

おそらく小学生、もしかしたら、幼稚園児かと思うほど。


小ぶりな胴体が、皮一枚で頭部とつながっているところを見るに、

その命はすでに果てているようでした。


(……ひでぇ、な)


初めて目にした轢死体。


隣部屋のOLが耐え切れずにいなくなったのもよくわかりましたよ。


グロ耐性なんて俺にだってありませんし、

野次馬根性でヒョコヒョコ出てきた自分をちょっと呪ったくらいです。


と、俺が自己嫌悪に浸っているところに、


「あ、どーも! 沼田さん」

「あ……どうも……」


一階に住んでいる四十代半ばの大家が、

二階の階段をのそのそと上がってきました。


「どうしたんです……その、カメラなんて持って」


場にそぐわないニヤけた笑みでやってきた、彼の手元にある一眼レフ。

俺は嫌な予感をひしひしと感じつつも、ストレートに尋ねました。


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