95.イマジナリーフレンド②(怖さレベル:★★☆)

彼女は、中学生になってもなお、

いえ、以前に増して例の言動が増えています。


そんな中、唐突に連れてきたクラスメイト。


姉の趣味嗜好に関しては、弟の自分であっても理解しきれていないのに、

あんな軽そうなヤツが、わかるわけないのに――。


「じゃ、お母さん、ちょっと夕飯の買い物に行ってくるからね」

「んー……行ってらっしゃい」


母は時計をチラリと確認して、

パタパタと慌ただしくうちを飛び出していきました。


「ん~……」


居間でぼんやりとテレビを見ていましたが、

どうにも落ち着きません。


やはり、二階の姉とクラスメイトのことがどうにも気になります。


チャンネルをピコピコと回し、気を紛らわそうとしたものの、

いっこうに気分転換になりません。


(……ちょっと、見に行こうかな)


様子を見るだけ。

中に入らなければ大丈夫。


膨らむ好奇心は抑えきれず、ついにはリモコンを放り出して、

二階へと探検に向かいました。


「…………、…………?」

「…………、…………」


二階の階段を上りきると、半開きになった部屋から、

うっすらと声が漏れてきています。


(……姉ちゃん、めっちゃしゃべってる)


聞こえてくるのは、確かに姉の声。


ふだん、家族といるときですら、

『あの現象』の時以外、ほぼほぼ無口な姉です。


だというのに、今耳に入ってくるのは、饒舌に話す声。


(…………)


ぼくはあの軽薄なヤツに負けた気がして気分が沈んだものの、

このままUターンするのもシャクに思えて、そっと扉に近寄りました。


「…………、……あぁ、やっぱり」

「……ぎゅ、……グ……」


(……ん?)


単語が拾えるくらいに近づいて、

耳に入ってきた会話に首を傾げました。


獣のような、うめき声がする。


(……なにが起きてるんだ?)


そう、っと。


そうっと、薄く開いたドアから、中を覗き――、


「…………ッ!?」


目前に広がった光景に、思わず息を飲みました。


壁面にはりつけにされた、子ども。


口からデロリと舌を垂らし、黒目の焦点をぼんやりと中空に漂わせたそれは、

まちがいなく、今日招き入れられた姉のクラスメイト。


パカリと開いた口からは、

まさに獣のような小さな咆哮が零れだしているのです。


(なっ……なんだ、これ……?)


楽しくおしゃべり、などという想像はまるきり外れていて、

目の前の光景は、なにかで見た拷問のシーンのようです。


「首と胴体の境目ってどこかなぁ……顎と鎖骨はここ。

 なら、肩関節はここかな? ねぇ、どこが欲しい、って言ってたっけ」


姉のいっそ上機嫌な声が聞こえてきました。


しかし、話しかけているのはそのクラスメイトに対してではなく、

なにもない、ただの中空。


(姉ちゃんの、見えない友だち……!?)


いつもは姉が一人きりの時か、

自分と二人の時しか発現しない、それ。


それが、その処刑台にはりつけされた少年の前で、始まっている。


「ふーん、やっばり頭なんだ。ん? 脳? 頭蓋骨はいらない?

 ……外側からわかんないじゃん。……えー裂くの? 手が汚れるからイヤ」


裂く。


ぶっそうな単語の出現に、ボクはビクリと身を震わせました。


姉は昆虫が好きで、よくセミやらバッタやらカマキリやら、

なにかしらを捕まえてきては分解したり、模写してみたり、

腐らせてみたり、気まぐれに部屋に放してみたり。


おかげさまで、ボクはまだ幼いながら、

虫嫌いの性質が深く根付いてしまったものです。


しかし、今の姉の言葉からすると、

まるで、それを人でも行おうかとしているよう、な。


「えーっ……ちょっと、だけ? でも、汚いじゃん。

 ……んー、わかったよ。じゃあちょっと、ね?」


しぶしぶと言った声を出しつつ、

姉は床に放られていた小ぶりのカッターナイフを掴みました。


チャキチャキチャキ……


金属をこすり合わせるあの独特の音が、

狭い子ども部屋に反響しました。


「じゃあ、表面だけ、だよ?」


流れるような仕草でスラリとそれを構えた姉は、

焦点の合っていない彼の手首をスッと持ち上げました。


(えっ……姉ちゃん、まさか)


覗き見するぼくが、戦慄したその瞬間。


「はい」


プシュッ


なんの躊躇いもなく、刃を滑らせました。


(う……ウソ)


赤い傷口からは、ツゥ、と血液が滴り始めています。


切り傷をつけられた彼は、一瞬ビクンと身体を跳ねさせたものの、

浅かったのか、いまだ目覚める様子はありませんでした。


「あーあ。カッターが汚れちゃった」


姉はそんな相手にはまるで興味がなさそうに、

濡れたカッターをティッシュでぬぐい、そのまま床に放りました。


「これでいいの? ……つまんない。これならゴキブリでも解体してるほうが

 よっぽど楽しいのに。こんなヤツ、臭いし、デカいし、めんどくさい」


何者かとの会話を続けつつも、姉はダルそうに眼を細めています。


(こ……このまま、終わらせてくれれば……)


いくら気にくわないと思った相手とはいえ、

切り刻まれる実験台にされるなんてかわいそうです。


それに、姉がこのまま殺人者になるのなど、見たくありません。


ひんやりと背中ににじむ汗に、

固唾を飲みつつ、成り行きを見守りました。


「ええー、もっと? ……どうしようかなあ」


しかし、姉は無情にも続きをほのめかし、

ゆらゆらと身体を揺すっています。


(やめろ……やめてくれ)


自分だけの、不思議な世界を持っていた姉。

他の人にはないそれに憧れて、いつもついて回っていました。


でも、いくらなんでも、人殺しなんて――。


「やーめた」


ペタン、と姉が床に座り込みます。

その放り投げたような声に、ぼくはホッと肩の力が抜けました。


そう、一安心した、刹那。


「カッターなんかじゃつまんない。画びょうで突き刺しちゃおう」


ギョロリ、と両目を剥いたのは、

姉であって姉でない、狂気そのもの。


(ね……姉ちゃん……!?)


常軌を逸したその目つき。


今までの、敬愛や尊敬、執着に等しかったその感情が、

その有様を見て、一瞬でどこかへ吹き飛びました。


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