82.盗聴の罪①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)


いやぁ……これを話すのは、懺悔もかねているんですがね。


っと、名前はきっちりと仮名にしておいてくださいよ。

自業自得とはいえ、内容的には捕まったっておかしくないんですから。


え? じゃあ、どうしてこんなところで話す気になったのか、って?


私もイイ加減……自分の心のうちだけには

とどめておけなくなっちまったんですよ。


ああ、始まりは……よく覚えていますよ。

こんな年だけムダに重ねたオッサンでも、恋ってのはするもんでね。


うちの会社の、同じ部署の女の子。


まだ二十五歳のその子に、分相応じゃないとは思いつつ、惚れてしまいまして。


何せ、今どき珍しいくらいにまっすぐで素直で、

うちの部署のみんなに可愛がられているような子で。


私は上司と部下という立場以上には踏み込めぬまま、

ただただ、恋慕の情だけが膨らんでいったんです。


そんな、心の中に気持ちを潜めていたある日、

とあるウワサを耳にしたんですよ。


その子と――違う部署の若造が付き合ってる、っていう話を。


まさか、と思いました。


その若造は、チャラチャラしていることがカッコイイのだとはき違えているような軽い男で、

とても彼女のつり合うようには見えません。


そんなウワサが社内を惑わす中、耐え切れなかったのか

うちの部署の者が彼女本人に問いかけたところ、

「告白されたけど断った」が正解であると判明した時には、

心底ホッとしたものです。


しかし。


そんなコトが起きたものだから、

私はいてもたってもいられなくなってしまいました。


自分がもし告白したとしても、

彼女とは親子ほどの年齢差。


どう考えたって上司と部下以上の交流もなく、

断られることなど目に見えています。


その上、このご時世では、

もしかしたらセクハラとして訴えられる可能性すらあります。


でも、じゃあ仕方ない、と簡単に諦められるかというとそれは否で、

私は数日、もんもんと悩み続けていました。


そんなくすぶる脳内に光明が差し込んだのは、

とあるテレビ番組からでした。


それは古い探偵モノのドラマで、事件が発生した家中を調べてみると盗聴器がしかけられており、

それが殺人の動機につながっていた――という、言ってしまえばありがちな内容でしたが、


(これだ……盗聴器!)


ええ。……魔が差した。

そう、としか……言えませんね。


私はすぐにネット上で検索をかけ、

いくつもの販売サイトを巡りました。


(コンセント接続……いや、彼女のうちには入れない。ぬいぐるみ……

 上司が贈るには不自然だな。……おっ、万年筆……これだ)


いくつかのサイトやレビューを巡って物品を物色し、

最終的に行きついたのはペンタイプの盗聴器でした。


(これなら、部署の皆に贈るとき、

 彼女の分だけ盗聴器入りのものにすれば……きっと怪しまれないだろう)


私は即決で購入することに決め、

さっそくそれが届く一週間後、実行にうつすことにしたのです。


「……よし」


夕食後、自宅にて。


例の盗聴器入り万年筆は無事に彼女の手に渡り、

ぜひプライベートでも使って欲しい、と伝えることも成功しました。


自宅の受信器との接続チェックは入念にテストしていたものの、

いざ本番、となるとピリリと緊張が走りました。


(よし、いくぞ)


ツー……プツッ


パソコンにつないだ受信機から電子音が流れ、

画面に映る電子メーターのグラフが、小さく音を刻み始めました。


『ザザ……降水かく……さん……天気……』


(テレビ、か?)


真っ先に耳に入ってきたのは、聞き覚えのあるキャスターの声。


幸い、万年筆の封自体は開けられているようで、

多少途切れたりノイズが走ったりするものの、明瞭に音が聞こえています。


(本当に……彼女の家の音が……)


確か、一人暮らしの彼女。


となれば、こちらに届く音はすべて、

あの子の発するもののみということです。


うす暗い背徳感にゾクゾクと背筋をしびらせつつ、

私はその犯罪行為にハマりこんでしまいました。


会社に出社しても、今までのような焦燥感は湧いてきません。


それどころか、周りの誰も知らない彼女の姿を

自分だけが知っている、という鉛のような優越感に、

かえって仕事がはかどったほどです。


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