81.ゾン様③(怖さレベル:★☆☆)

「…………」


先ほどの、全身が薄墨に染まっていた友人たちの姿がフラッシュバックします。


あれは、自分の頭がおかしいのだと思っていたけれど、

もしかして、何かの凶兆だったのではないか。


二人はもしや、登っているどこか途中で道を逸れて、

遭難してしまったのでは、ないか。


「くそっ……おれは……っ!」


今しがたの、疲労すら感じぬほどの無我夢中の中、

助けを求めていた二人を、

どこかに置き去りにしてきたのでは、ないか――?


おれが、自分の不甲斐なさに、

最後のゾン様に祈りをささげる前にその場にしゃがみこんでしまった、その時。


「……終わったのか、トウヤ」


駐車していた一台の車から、なんと父が下りてきたのです。


「父さん……どっ、どうして」

「何を言ってる。儀式が終わるころを見越して迎えに来たんだ。前から話してあっただろう」

「あっ……そ、そういえば」


登ることばかりに意識が行っていて、

下山時にどうするかなど、ツユほども覚えていませんでした。


「っ、いや、それどころじゃないんだよ! ユージとノノカが……二人がいないんだ」

「ん……? いない……?」


状況が理解できないのか、いぶかしげに

眉を寄せている父に、おれは更に言いつのりました。


「二人とも、先に登ってたはずなんだ。でも……途中ではぐれたみたいで、それでっ」

「そう、か……」


おれの焦りとは正反対に、父は落ち着いた口調で小さく肩を落としました。


「やっぱり……今年、出たか」

「何言ってんだよ、父さん。はやく捜索を……!」


まるで動揺の見えない父につい食って掛かると、

彼は一瞬、痛みをこらえるように目を細め、


「トウヤ。……まだ、山頂のゾン様を拝んでないな」

「……っ、そ、そうだけど」

「行ってこい。……そうすれば、すべてわかる」


有無を言わせぬ気迫を叩きつけられ、

おれは尚も反抗的な声を上げたいのをグッと堪えました。


「ホントに……行けば、わかるんだな」

「……ああ」


口を真一文に結ぶ父からは、

どうやってもそれ以上話を聞けそうにありません。


おれは、ごちゃごちゃと機械の配線のように混雑する脳内をそのままに、

しぶしぶと山頂の中央に鎮座する、六体目となる石像の正面に向き直りました。


(無……か)


やはり、幼い頃に連れてこられた時と寸分たがわぬ、無表情のソレ。


おれは小刻みに震える両の手のひらをぴったりと合わせ、

未だかつて人生で行ったことのないほど真摯に、心から祈りを捧げました。


(二人を……二人はどこにいるんですか。どうか、どうか見つけてください……!)


ぎゅう、と指が白く抜けるほどに強く手を合わせた、その瞬間。


「……あ」


頭の中で絡み合っていた線が、

ピン、と綺麗につながったのです。


「思い出したか」


いつの間にか隣に来ていた父が、

深い苦悩をはらんだ声で呟きました。


「ホントに……あるんだ。こんなことが」


おれは、それに負けず劣らず陰鬱な声で、ボソリと反応しました。


「ああ。……今年は特に、そういう巡りだったんだろう。

 ユージ君もノノカちゃんも……今年の春に、亡くなってしまったから」


幼馴染みであった、彼ら二人。


共に幼少期を過ごし、共に学校で学び、

これから社会人となっても、一緒に笑い合える仲間だと思っていた、二人。


彼らは今年の春、バイクで旅行に行く途中――崖から落ちて死んでしまった。

奇しくもおれが時季外れのインフルエンザにかかり、参加できなかった時のことだ。


だから、今年の成人の儀の登山は、二人の慰霊も兼ねての一人登山の予定だった――。


「ごく、稀にな……あるんだ、死者が共に来てしまうことだ。

 だが、その為にゾン様がいる」


父は、この村の住人がよく聞かされる山の伝承を、噛みしめるように再び語った。


「若くして亡くなった死者の怒り、悲しみ、憎しみ、悔恨、苦しみ。

 それらを一つずつ取り除き……ここ山頂で、無に帰する。

 そして、生者は現世に、死者は常世に戻る。今ではほとんど形だけの儀式だが……今年は、本当に起こったんだな」


と、父は過去を憂う様にしみじみとため息をつきました。


「じゃあ……二人は。ユージもノノカも……天国に」

「ああ。この山を登った死者は、美しい鳥となって天へ上ると言われている」


その父の救いの言葉に、おれは二人を失った悲しみが、

ほんのわずかに報われるのを覚えました。


「さあ……帰るとしよう。母さんが首を長くして待ってるぞ」

「……うん」


全身から力が抜け、すでにビリビリと痺れている太ももをさすります。


おれは父に促されるがまま、のそのそと

車の後部座席に乗り込み、背もたれに身体を預けました。


「鳥になって、天へ上る……か」


二人は、苦しまずに天国へ行けたのでしょう。


おれが、心地よい疲労感にうとうととまどろんでいると、

ハンドルを握った父が、思い出したように言いました。


「ああ。……だから二人も、山を登るごとに薄くなっていっただろう?」

「え……薄、く……?」


途端にさきほどの記憶がフラッシュバックし、

おれは脳を素手で揺さぶられるような衝撃を受けました。


「そうだ。違ったか? 確か伝承によると、天国に行く魂は存在が希薄になり、

 ついに山頂へ至る頃には透明になって、消えていく……というが」


透明になって、消えていく?

自分が目にした彼らは、確か。


「…………」

「トウヤ? ……なんだ、寝たのか」


何の言葉も発さなくなったおれをチラリとバックミラーで確認した父は、

そのままハンドルを握り直し、車を発進させました。




……ええ。おれの話はこれで終わりです。


あの日。


確かに死んだはずのユージとノノカと

再び会ったのは、間違えようのない事実です。


だから、きっとあの日、

彼らは本当に天に召された――はず、です。


あの伝承はあくまで古い言い伝えですし、

父の言っていた薄くなって消える、というのだって、

どこまで本当になのかなんてわかりません。


でも、おれには。


あの、五体目のゾン様を拝んだ後の、

灰色に濁り切った二人の姿が、

今でもまぶたの裏に焼きついているのです。


彼らは、ゾン様に導かれて天国へ行けたのでしょうか?


それとも、何かの間違いか、

ゾン様にも拭いきれぬ何かしらの業ゆえか、

地獄に落とされてしまったのか――。


今となっては、もう、誰にも何にもわかりません。

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