72.林の中の首つり②(怖さレベル:★★★)

「あ……う、わ……」


目前で起きた出来事に言葉もなく、

ただただ落ちた彼の肉体を凝視します。


ビュウッ……ザッ……


冷たさすら感じる風が、ざわざわと森を揺らしました。


当然ながら、目の前の死体はわずかに髪と服をなびかせるくらいで、

ピクリとも動きません。


(な……何をビビってるんだ、僕は……)


こんな山中で死体と二人きり。


それ自体がかなり異質であったせいか、

妙な妄想や、イヤな想像がゾワゾワと自分の首を絞めてくるのです。


そう、例えば、もの目の前の死体が、突如のっそりと起き上がり、

ゾンビのように襲い掛かってくるのではないか、とか――。


「い、いやいや……考えすぎだって……」


そんなバカらしい考えを、パン、と額を叩いて追い払います。


それはいくらなんでも目の前の男性に失礼だし、

そもそも、そんなこと起こりうるわけがありません。


「……まだ、来ないな」


腕時計に目を向けますが、

連絡を入れてからまだ五分少々といったところ。


以前交通事故で連絡をした時は、他の事故もあったせいか、

三十分近く待たされた記憶があります。


はっきりと死体がある分、早く来てくれるだろうとは思いますが、

さすがにまだ来るのは無理か、とため息をついていると。


ザァッ……


再び、強い風の音。


「……天気、もってくれるといいけど」


折り畳み傘を持ってきてはいますが、

この状況で更に雨に降られるというのは勘弁願いたいところです。


やだなぁ、なんて思いつつ、

おそるおそる再び目前に伏した男性に目を向けました。


「……ん?」


その姿に、少し違和感を覚えました。


地に転がるそれは、相変わらず木から落下した状態のまま。

だというのに、微妙に感じるこの違和感。


なんだろう、と目をこらし、ようやくハッと気づきました。

彼の首に巻き付いていたはずの縄が、どこにも見当たらないのです。


「あれ……?」


いくら遠目だったとはいえ、

首にあれだけしっかりと巻き付いていたもの。


木の枝にくっついているのか、と傍らの折れた木に目をやるものの、

それらしき物体はどこにも見当たりません。


(……身体の下敷きにでもなったのかな)


別に、さほど気にするものではないのですが、

一度気にしてしまうと、どうにも引っ掛かります。


ですが、彼のもとにわざわざ近づいて確認する勇気もありません。


ザァッ……ギッ……


風のざわめきはなお強くなり、

周囲の木々もギシギシと幹を揺らしています。


空はいよいよ暗さを増して、

いつ雨粒が落ちてきてもおかしくない有様です。


僕は一本の木に寄りかかり、雨が降っても濡れないように、

折り畳み傘をカバンから取り出しました。


「……はぁ」


そして、僕がただジッと待たされる辛さに、

ひとつ大きく息を吐いた、その時でした。


シュルッ


「っ、うわっ」


木に接した耳元に、不可解な音が走りました。


とっさに飛びのいた視界の端に、黒光りする、細長いシルエット。


「へ……ヘビ……!?」


周囲が緑に囲まれた場所です。

ヘビの一匹や二匹、確かに現れてもおかしくはありません。


(か……噛まれなくてよかった……)


毒ヘビかどうかもわかりませんが、

万が一マムシだったりしたら、命にもかかわります。


ソロリソロリと木から距離をとれば、

計らずとも、地面に転がる死体に近づく羽目になりました。


「……ん?」


と。


ゴソッ


目の前に伏せた死体が、わずかに動いたかのように見えました。


「……え……」


明らかに、吹き荒れる風とは関係のない、不自然な揺れ。


ゴソゴソッ


腹部のあたりがピクリと動き、妙にウゴウゴと振動しています。


「い、いや……ありえない……」


ブルッと全身に震えが走りましたが、

ヘビのこともあって後ろには下がれず、

かといって目前のそれに近づくことなどとてもできません。


(ヘビ……そうだ、ヘビだ!)


よくよく見れば、彼はゴソゴソと動いているものの、

揺れているう分は腹のあたりだけです。


きっと、ヘビが彼の下敷きにでもなって暴れているだけだろう、

と今思えば意味の分からない思考回路に支配され、

自分を誤魔化して深く深呼吸をしました。


「……あ、やっぱり」


そして。


ゴソゴソと音を立てつつ、

彼の身体の下から細長い影がチロリ、と這い出てきました。


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