72.林の中の首つり①(怖さレベル:★★★)

(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)


健康の為に、ジョギングや散歩をする方って多いでしょう?


早朝や、夕刻。

犬の散歩をしながら、なんて光景もよく見かけますよね。


かくいう僕も、ここ最近はめっきり運動不足でして、

毎日会社にこもりきりでは致し方ないものの、

年々かんばしくなくなってくる健康診断の数値に一念発起し、

早朝のジョギングを始めることにしたんです。


「……天気、悪いなぁ」


朝の五時半から三十分ほどの早朝ジョギングは、

日課となってしまえば、なかなか楽しいものでした。


その日も、前日の予報から天気が崩れるとは聞いていたものの、

傘を持っていけば大丈夫だろうといつもの時刻に家を出ました。


どっしりと重量感を感じる、分厚い雲のたれこめる空。


普段であればとっくに顔を出している太陽も曇天の向こうに隠れ、

いつ雫が落ち始めても不思議ではないような空模様です。


ふだん走るルート上でも、

見知ったジョギング仲間の姿はほとんどありません。


(あ……そうだ)


どうせこんな天気ならば、いつもは知らぬような道の方でも行ってみようかと、

途中まで走った町なかのコースから、途中にある脇道に入りました。


この道は前から気になっていて、

どうやら町の南側に一する低い山の方へ向かっていくルートのようでした。


天気も悪いし、木の下の方が濡れずにすむだろうと、

木の生い茂る山道をどんどん進んで行きました。


年月を感じる樹木の植わった斜面、間を通る道は舗装されているものの、

車どころか、人一人すれ違いません。


あまり登りすぎると時間もかかってしまうし、

そろそろUターンして帰るか、と腕時計に向けていた視線を、

ぼんやりと周囲を囲む木々へ向けた時です。


「……ん?」


生えしきる緑が密集し、ツタやキノコやらに寄生されているそれらの木々。

その光景の中に、妙なモノが紛れ込んでいました。


そう、それはまるきり、人間と同じくらいの大きさの、

ミノ虫のような、木から垂れている物体――。


「ひっ……人!?」


ドサッ、と僕は土に尻餅をつきました。


ツタの一部かと勘違いしたそれは、

木で首をくくっている、一人の男性であったのです。


「ひ、ひぃ……っ」


初めて見た、そんな状態の死体。


葬式に行ったことは数あれど、

こんな、世を呪うかのようにカッと両目を見開き、

唇から爬虫類かと思うほど、デロリと舌を垂らし、

首の伸びきった――人の形を逸脱した、人間の死体、など。


「けっ……け、警察!」


ウエストポーチにつっこんでいた携帯で、

お手玉しながら慌てて警察に連絡を入れました。


そして返ってきたのは、

すぐに向かうので待機していて下さい、という無慈悲な指示。


僕はヴッと喉奥で悲鳴を噛み殺し、恐る恐る傍らの死体を見上げました。


コレと、二人っきり。


曇天の下、うす暗い森の中で。


(だ……大丈夫。警察だって、どうせすぐ来るだろうし)


じめじめと湿った空気のようにゆううつな胸中で、

なるべく視界からそれを外し、一歩二歩、後ずさります。


目の端には、揺れるその人物の服装。


(…………)


チラチラと目に入るその死体は、否応なく思考を埋めていきます。


男性、それもおおよそ四~五十代くらいでしょうか。

歪んだ表情ではっきりとはわかりませんが、同年代くらいに見えます。


着用している衣服はスーツで、

いつ命を絶ったのかはわかりませんが、

仕事帰りか、出勤前か、足元にはビジネスバッグが転がっていました。


木に登って上からロープを垂らしたのでしょうか。

スーツにはドロだか土だかの汚れがあちこちについていました。


(……なにも、こんなところで)


自分が見つけなければ、きっとまだこのままだったのでしょう。


人知れず、ひっそりと死にたかったのか。

ビジネススーツ姿ということは、仕事を苦にしての自殺なのか。


可哀そうに、と、少々同情気味な気分になった時です。


ザアッ……


黒い雲に覆われていた空から、突風が吹き荒れてきました。

どうやら荒れた天候になるという予報通り、風が出てきたようです。


ザッ……ビュウッ


「……あ!」


と、強風にあおられ、彼の吊られた身体が揺られ――


バキッ……ドサッ


彼の全体重を支えていた枝が耐え切れず、

根本から地面に落下してしまったのです。


>>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る