70.曰くトンネルの過去①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)

『30代男性 寺田さん(仮)』


うちの地元に、小さなトンネルがあるんですよ。


ああ、トンネルって言ったって、

あの山道を通すドデカいもんじゃなくて、

こう、車道の下をくぐるための、歩行者用の小さなトンネルです。


おそらく、探そうと思えば、どんな田舎や都会にでもあるような、

そんなある種、ありふれたトンネル。


しかし、うちの地元にある、とある一つのそれには――

昔から、たいそうな曰くがついているんです。


それは何ともシンプルで、

『そのトンネルのある部分にラクガキしたものは死ぬ』というモノ。


なんとも不良泣かせな曰くでしょう。

ただ、厳密にいえば、ラクガキしただけじゃあ死なないんです。


その、トンネルに描かれたとあるモノ。


それを消す、もしくはそれの上にかぶせる様にラクガキすると、

呪いがかかって死に至る、と、そういう云われなんです。


ただ、そんなコトがあったのを思い出したのはつい最近、

昔暮らしていたこの場所に戻ってきてから、でした。


というのも、中学生になるころに、親の仕事の都合で別の地に転校し、

そのまま一度もこの地に戻ることが無かったからです。


ところが、この年になって自分の仕事の都合で、

この地に転勤となり、かつての懐かしい記憶を想起しながら、

休日に近隣をよく回っていたんです。


「……ホント、懐かしいなぁ」


かつての記憶と微妙に異なった街並みをぼんやりと眺めつつ、

フラフラと近所を散歩している時。


そのトンネルをふと目にして、その曰くをハッキリと思い出しました。


小学生の当時、友だちの中ですごく流行ったその云われ。


度胸試しと称して、トンネル内にラクガキを残すというのが、

ある種ステータスとされていたんです。

もしくは、イジメの標的に無理やりそこにラクガキをさせる、とか。


そう、本当にそこで死ぬ子どもが現れるまでは――。


「…………ッ」


ズキン、と頭の片隅が痛みを発しました。


まぶしい日光に当てられたかと、トンネルの日陰に避難します。


「あ……まだあるのか、あのラクガキ」


昔も今も、命知らずというのはいるようで、

トンネル内部はつたないラクガキにまみれています。


ただ一点、昔の記憶とたがわぬ、ある絵以外は――。


「……これ、まだあるのか」


トンネルの内部。

ちょうど真ん中の、下方。


子どもが手を伸ばせば辛うじて届くくらいの位置になる、つたないイラスト。


それは、幼い子どもが描いたと思われる、女の人の絵。


長い髪で、買い物カゴらしきものを持って笑っているそれは、

おそらく自分の母親を描いたのでしょう。


年月が経過しても色あせない、その絵。

それこそが、呪いの絵とされている、イラスト。


「…………」


禍々しさの欠片もない、かわいらしい絵、だというのに。

これを消そうとしたり、上書きしようとすると、死に至る。


「……あれ」


そう、幼い頃、半信半疑のその内容を確かめようとここに来た。


来て――どうしただろう?


なぜだか、その時のことが妙にかすみがかったかのようにぼやけていて、

思い出すことができません。


確か、中学生に上がる前に、

他の友だち五人と一緒にここを訪れて、それで。


「…………ッ」


ズキズキと痛む側頭部は、目眩までも引き起こしてきて、

足元すら不安定でクラクラと目が回ります。


すでに、二十年以上前の出来ごと。


忘れていてもおかしくない年月ではありますが、

妙に頭の片隅に引っ掛かっているのです。


シン、と静かなそのトンネル。

歩行者用の、入口と出口があって無いような、非常に短いそこ。


クラクラと。


脳を揺さぶる目眩に、トンネル内で思わず座り込んでしまった、その時。


……ボソボソ


小さな囁き声を、鼓膜が拾いました。


……ボソボソ

ボソボソ……


何を言っているか聞き取れぬほどの、ひそやかな囁き。


未だ頭痛と目眩に苛まれる私は顔を上げることもできず、

突如聞こえ始めたそれに、耳をそばだてることしかできません。


(なんだ……誰だ……?)


……ボソボソ


何を言っているか理解できないのに、

その声はひどく冷たく、薄ら寒いものを感じます。


>>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る