70.曰くトンネルの過去②(怖さレベル:★★☆)

……ボソボソ

ボソボソ……


(あれ……これ、どこかで)


その、小声。


聞き取りにくいその声に、なぜだかひどく既視感を覚えました。


幼い頃。小学生の時。

同じクラスにいた、一人の少年。


(……う)


キリキリと。


万力で締め付けられているかのように頭がキシみ、

忘れ去られていた記憶の泥濘をさらっていきます。


……ボソボソ

ボソボソ……


知っている。このしゃべり方をする子どもを知っている。


「ぐ……」


ぐるぐると、回る視界。その中央に佇む、一人の少年。


「……寺田くん」


ボソ、と。


その記憶の幻影が、はっきりと私の名前を呼びました。


「寺田くん。ようやく来てくれたんだ」


聞き取りにくい、微かな声。

その小さな小さな声は、確かに私のことを知っているようです。


「な……え……?」


霞む目をパチパチと瞬き、真正面の影をしかと見つめると、

短いトンネルの奥、一番薄暗い場所に、子どもの姿が見えます。


幼い顔立ちで、青いランドセルを背負った、

陰気そうな雰囲気の子ども。


唇の端だけ持ち上げた皮肉っぽい笑みは、

ニヤニヤと薄気味悪さを助長しています。


「寺田くん……ずっと、待ってたよ」

「な、何いっ」


見知らぬ子どもに名を呼ばれる不気味さに、

湧き上がる吐き気そのままにえづこうとするも、

その少年のその顔に、どこか見覚えがありました。


「……そっか、忘れたんだ……」


少年は目を伏せつつ、じりじりとこちらに歩み寄ってきます。


「わ……忘れ、た?」


自分がここに住んでいたのは、もう二十年以上前のこと。

その頃、この年齢の子どもは生まれてすらいないでしょう。


人違いだと言い切ってやろうと、口を開いた瞬間。


ズキンッ


頭を鷲掴まれるかのような強烈な頭痛が、脳を揺さぶりました。


「……っ」


思わずしゃがみこんで両手で額を押さえます。

尋常でないくらいの痛み。


脳卒中か?

まさか、ここで死ぬのか?


命の恐怖と混乱で目を閉じたまぶたに、ぶわっとある記憶がよみがえりました。


それは、セピア色の思い出。

二十年前の、このトンネルで起きたある事件――。


「……え?」


一気に湧き上がってきた記憶に、私は呆然と顔を上げました。


「思い出した?」


目の前の少年は、その記憶――

二十年前とまったく変わらぬ顔で、にっこりと笑いました。


「な……き、君……君は……」


がちがちと奥歯が震え、私はヒュウヒュウと息を吸い込みました。


「し……死んだ、はずじゃ……」


そう。彼は。


二十年前、このトンネルのあの絵、

あの女性のイラストにラクガキをして、そして。


「……ふふ」


皮肉げな笑みを浮かべる少年。


そう、彼こそが度胸試しとされていた曰くを実行し、

呪われて死亡したとされていた、その当人。


ゾワ、と足先から頭のてっぺんまで走る、途方もない悪寒。


よく似た別人、とはとても思えません。


瓜二つどころか、顔立ち、服装、雰囲気からしぐさに至るまで、

彼はあの日、あの時のままなのです。


「……死んだ、ねぇ。殺された、の間違いじゃないの」


彼は。かつての友人であった彼は、

スッと顔を伏せ、ボソリと口走りました。


「ボクは嫌だって……あんたコト、したくないって言ったのに……」


そうだ。


二十年前のあの日。


私と彼、イツキ君はイジメられていました。


彼はしゃべり方が拙いせいでからかわれ、

私は小柄で何をしてもドン臭く、

二人そろって他の男子連中からは嫌われていたんです。


そしてあの日、私と彼は、学校帰りにイジメっ子たちに

ムリヤリここにつれてこられました。


「……あの日……」


そして、あの絵にラクガキしてみろとおどされ、蹴られ――

私とイツキ君は半泣きになりながら、その絵の上にごちゃごちゃと

テキトーな絵を書かされ、解放されました。


私は、自分も彼も死んでしまうんだ、という絶望的な気分で自宅に逃げ帰り、

私の異様な怯え具合に不審を感じた親に、

洗いざらい事実をぶちまけることになりました。


命の危機を感じると不思議なもので、

今までひた隠してきたイジメのことも、あっさりと話すことができたのです。


そして、慌てた両親が同じく被害にあっていたイツキ君の家に連絡を入れた時、

私は恐ろしい現実を叩きつけられたのでした。


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