55.三年前の約束③(怖さレベル:★★★)
「……約束、ですか」
快く受け入れて頂いたそのお寺で、私は少々恐縮しつつ、
とつとつと事情を語りました。
話を聞いた責任者らしきその神主の方は、ひどく難しい表情を浮かべて、
「なるほど……では、まず、失礼を承知でお伺いしますが、
妹さん……事故で、頭部を負傷したりは?」
「……多少は。でも、MRIでもCT検査でも異常はありませんでした。
それに……私も、おそらく同じものを見たんです」
当然、真っ先に浮かぶであろう幻覚という線。
私はぐっと唇を噛みしめつつ、ありのままを伝えました。
「そうですか。……これは事実として申し上げますが、
おおよその怪現象というのは気のせい、幻覚、見間違い。
お二人が見たのも、パニックにおける幻覚かもしれません」
「そ……そんな」
バッサリと切り捨てられ、私は期待の気持ちがどんどん萎んでいくのがわかりました。
ピンと張っていた背筋が、へなへなと折れたのを見かねてか、宮司さんは続けました。
「しかし。……本物がいる、ということは我々も重々承知しております。
悪霊というのは、人の心に宿るもの。……お話、お受けいたしましょう」
「え、あ……ありがとうございます!」
真摯に頷いてくれた宮司さんに、
私は土下座する勢いで頭を下げました。
「頭を上げてください。……すみません、意地悪するつもりはなかったんですが、
最近、肝試しに行ってとり憑かれただの、運気が悪いからお祓いしてくれだのが多いもんでして。
……確かに稼ぎにはなりますが、こちらとしてはあまり気がすすまないもんですよ」
と、彼は苦笑しつつ腰を上げました。
「早い方がいいでしょう? ……本日は幸い、
急を要する神事もありませんので、準備をしてお伺いいたしますよ」
「あ……ありがとうございます!」
融通を聞かせてくれた宮司さんに、私はペコペコと頭を下げることしかできませんでした。
そして、後から来てくれるという宮司さんに、
病院の住所と連絡先を伝え、私は一足先に妹の待つ病棟へと戻りました。
「あ……お、おかえり」
出迎えた母は、いつにない青い顔をしています。
「ど……どしたの、そんな顔して」
珍しい母のそんな有様にこわごわと声をかければ、
母は少しためらった後、むりやり浮かべたであろう笑みと共に言いました。
「いやね……お母さんも変なもの見ちゃって」
「……変なものって、まさか」
私の脳裏に、昨日見たあの仄白い顔が浮かびました。
「ん……あんた今朝、ミナコが怯えてるって言ってたでしょ?
まさかと思ってね……もちろん、傍には付いてたけど、窓でも開けて換気を、って思って……そしたら、ね」
一拍間を置いて、母は両手で顔を覆いました。
「窓の外に、ほんと、なんの予兆もなく……出てきて。
情けないけどお母さん腰が抜けちゃって……ミナコが慌ててナースさん呼んでくれてさ……
それからはずっと閉めっぱなしだよ、カーテン」
と、疲れはてた表情の母が示す通り、
窓辺には分厚いカーテンが引かれていました。
「そっか……やっぱり出たんだね。……でも大丈夫。
神社の宮司さんにお願いして、お祓い来てもらうよう頼んできたから!」
「えっ、本当!?」
それを耳にして、悲痛な面持ちで黙り込んでいた妹が、
パッと明るく顔を上げました。
「うん。直に話をしてきたけど、信頼できる人だと思う。
今日中に来てくれるって言うから、安心して」
「そっか、良かったぁ……ありがと、お姉ちゃん」
妹は、ここの所ずっとこわばっていた表情を崩し、
ひさびさに安心したような笑みを浮かべていました。
「大変お待たせ致しました」
「いえ……本当にありがとうございます」
私と母は、病院の入口で宮司さんたちを迎え入れました。
神主さんの他にもう二人ほど、お付きらしい若い男性と女性が一名おり、
三名でどうやら対応をしていただけるようでした。
何やら麻の袋を抱え、神主然とした恰好の彼らはひどく浮いていて、
看護師さんたちも物珍しそうな視線を向けてきています。
もちろん、病院にも許可は頂いているものの、
非常に申し訳ないような気持ちで病室へと案内しました。
「……すみませんが、お姉さんとお母さんは外に出ていていただけますか」
病室の前にたどり着いて早々、
私たちは宮司さんにそんな言葉をかけられてしまいました。
「え……いっしょにお祓いを受けたのではダメなんですか」
母が食い下がりますが、彼はゆっくりと首を横に振りました。
「申し訳ございませんが……祓った対象があなた方に移ってしまう危険性もあります。
……大丈夫。不安でしょうけれど、妹さんを信じて待っていてあげてください」
まっすぐにこちらを見つめ、深々と頭を下げられれば、
私たちは頷くほかありません。
「どうか……どうかミナコを助けてやってください」
「……必ず」
彼は厳格な表情にわずかな笑みを浮かべて、
他二人のお付きを連れて中へと入っていきました。
「……大丈夫かな、ミナコ」
母が耐えきれぬように貧乏ゆすりをくりかえしつつ、
チラチラと何度も時計に目を向けています。
「お祓い……失敗とか、しないよね」
「えっ……縁起でもないこといわないでよ」
元来心配性なところもある母は、自分までもがあの幽霊を目にしたためか、
なおのこと気を揉んでいるようでした。
「だって……あんな、あんな化け物……
お母さんが生きてきた中で、初めてみたよ……ミナコ……」
ぎゅっ、と両手を祈りの形で握りしめ、母は押し黙ってしまいました。
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