42.病室で起きた怪異①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)

『10代女性 石川さん(仮)』


怖い話、って数多くありますけど、

なかでも病院に関する話って多いですよね。


特に、夜の病室に関しては、

トップなんじゃないかと思うほどに。


今回あたしがお話するのも、

そんな、夜の病院に関してのことなんです。


あたし、中学生の時、

ちょっとだけ病院に入院したことがありまして。


っていっても、病気じゃなくて、

ケガ……だったんですけど。


交通事故で、信号無視した車にハネられて、

左側の腕を骨折と、ひざの骨にヒビが入った、というもので、

頭を打たなかっただけ良かった、というそれなりに大きな事故でした。


あたしは個室をあてがわれ、吊られる足と動かせない左腕に、

ひたすらヒマを持て余していました。


「はあ……」


ベッドの上、幸い鎮痛剤のおかげで痛みは緩和され、

うつらうつらと寝て起きてを繰り返してはいるものの、

TVは有料だし、スマホでゲームするのも飽きたしで、

その時もボーっと天井を見上げていました。


面会時間も過ぎ、両親は今日こちらには来られず、

家にいる妹と弟の面倒を見ているようでした。


少し寂しいとも思わなくもなかったですが、

命に別状はないと医者に太鼓判を押されているし、

すでに数日の間つきっきりでいてもらったのです。


あたしの手足を見るたびに、

沈痛な面持ちになる母を見るのも忍びなく思っていたので、

ちょっとホッとしているのも確かでした。


「……どのくらいで治るのかなぁ」


このままでは学校にだって行けないし、

車イスでもなければ移動もできません。


寝返りを打つこともできず、うだうだと考え込んでいると、

ガラッ、と不意に部屋と扉が開きました。


「ん?」


看護師さんの巡回にしても妙な時間だし、

一人部屋のここには、訪れる人はいないはずです。


あたしは警戒心を露わにしつつ、

そっと入り口に目を向けました。


すると。


「……子ども?」


入ってきたのは、片手にクマのぬいぐるみを抱いた、

かわいらしい男の子であったのです。


「……ママ?」


こちらを見てキョトン、と首を傾げるその子は、

年のころ5才くらいでしょうか。


ほわほわとした明るい茶色の髪に、

薄水色のパジャマのようなかわいらしいイルカの描かれたシャツとズボン。


片手にズリズリと引きずられるクマが哀れで、

私は苦笑しつつそっと声をかけました。


「ごめんね、ママじゃないよ。どうしたの?」


きっと病室を間違ったのでしょう。


あたしはその子を刺激しないようにと、

極力やさしい声で尋ねました。


「……マ、マぁ」


しかし男の子は、とたんにうるうると目に涙をためて、

鼻をすすり始めてしまったのです。


「あ……ご、ごめんね。大丈夫だよ」


と、慌てて声をかけるものの、あたしは身体を動かせません。


いいや、仕方ないと傍らにあったナースコールを押して事情を説明した後、

今にも泣きだしそうな男の子を励ますように声を掛けました。


「もうすぐ看護師さんが来るから。大丈夫だからね」

「う”う”……グスッ」


グズグズと鼻を鳴らしながら

その場にうずくまってしまった子どもに声をかけていると、


ガラッ


再び、部屋の扉が開きました。


(わ、早い……)


ナースコールなんて初めて押したので、

思った以上に早く来てくれるんだなぁ、と安堵のため息をつきました。


「すみません。さっき説明した通り、この子、迷子になっちゃったみたいで」

「…………」


朗らかに入り口側に声をかけるも、

扉が開いたきり、その人影は何も声を発しません。


あれ? と不審に思い、

首を伸ばしてそっと入り口に視線を向けました。


「あ、あの……?」

「…………」


やはり、そこには看護師の女性の姿がありました。


しかし、こちらが再び声をかけても、

彼女は未だ黙ってジッと子どもを見つめたまま突っ立っています。


よくよく見れば、ここ数日で何人かの看護師さんのお世話になっていますが、

一度も姿を見たことのない女性です。


制服は同じものを身に着けているし、ナースコールで呼ばれて来たのだし、

勤めている人には違いないのだろうけど、とあたしはもう一度そっと尋ねました。


「あ、あの……看護師さん? その子、

 お母さんのところとここを間違っちゃったみたいで。

 どうしようもなくて泣いちゃってるんです。

 お部屋を探して、連れて行ってあげてもらえませんか」


一息に言い切り、伺うようにその人を見ると、

子どもに向いていた目線が、

いつの間にやらこっちをジッと見つめています。


(……う、わ)


その眼つき。


人を看るとはとても思えない、

乾燥した、無感情で冷たい視線。


あたしはただ、怖い、と思いました。


ペタペタ。


しかし彼女は、スッと視線をこちらから外すと、

床に座り込んだままの子どもの元へ近づきました。


「ママ……?」


子どもが、うるんだ瞳で彼女を見上げました。

看護師は、ジッとその子どもを値踏みするように見下ろしています。


「うう……わぁん」


子どもは、甘える先を探すように、

ひっしと彼女の足にしがみつきました。


ああ良かった、ちゃんとみてくれるんだ。


あたしは気が抜けて、

半分起こしていた身体を再びベッドに寝かそうとして――

ハッ、としました。


スリッパの音?


看護師さんたちはみな、

ナースシューズで動き回っていたはず。


私がガバッと身を起こすのと、

再び部屋の扉が開くのは同時でした。


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