3.三匹の金魚②(怖さレベル:★★★)

「よし、これでOK」


ホームセンターに行き、

金魚が3匹ほど入る小ぶりな金魚鉢を買って帰ってきました。


ペットボトルから鉢に移された二匹は、

パタパタと背びれを動かし、どこか嬉しそうです。


エサもパクパクと飛びつくようにして食べ、

どうやら絶好調の様子です。


ホッと胸をなでおろし、

その日は穏やかな気分で眠りに落ちました。




黒い。

暗い、空間です。


ゆらゆらと、波のように揺らぐ視界。

またあの夢なのだと、瞬時に気が付きました。


「あ……」


そして、目前には昨夜と同様にロウソクがあります。


数は、二本に減っていました。


ピチャン。


耳元で水の弾ける音。


と同時に、


フッ


「あ、ダメ!」


ロウソクの元へ行こうとしても、時すでに遅し。


めらめらと燃えていた火の一つは、

すっかりと色を無くしてしまっていました。


と、


「え……?」


ひたり、と足が水に浸っているかのような冷たい感触。


なにが、

と目を足元に落とした瞬間、目が覚めました。


「っ、気持ち悪い……」


朝の日差しに照らされながら、

こみ上げる吐き気と戦いつつ、


洗面所へ向かおうとすれば、

その途中、

窓際に置かれた金魚鉢にスッと目が向かいました。


「あ……」


プカリ。


二匹目の金魚もまた、

腹を浮かせて死んでいたのです。




「どうした?」


休み明け、会社に出社して早々、

先輩の西田に声をかけられました。


なんでも、相当にひどい顔色をしていたらしく、

気になって声をかけてくれたというのです。


「西田先輩……あの、

 一昨日の夏祭りイベントのことなんですが」


さすがにあの奇妙な夢のことは除外して、

簡潔にもらった金魚の処遇を悩んでいるということを相談しました。


すると、

西田はニヤリと笑みを浮かべて、


「うち、親が熱帯魚好きでさ。

 金魚もいっぱい飼ってるから、いらないんなら貰うけど」


彼は実家暮らしで、

大きな一軒家に住んでいます。


金魚の一匹が増えたくらい、どうってことないと言うのです。


まさに天の助け。


あの黒い瞳と目を合わせるのさえ辛くなっていた私は、

その提案に一にもなく頷いたのです。


そして、一刻も早く手元からなくしたくて、

その日のうちに西田の家へ届けることにしたのです。


「うわ、来るの早いな」

「す、すみません」


仕事終わりに車をかっ飛ばして到着すれば、

苦笑を浮かべた普段着の先輩が出迎えてくれました。


「あ、あの。先輩……これ」

「ああ、例の。……うん?」


金魚鉢ごと西田に手渡せば、

彼は一瞬、首を傾げました。


「な、なにか?」

「いや…キレイな子だね。ありがとう」


不審がられたかと慌てるも、

先輩は快く受け取ってくれました。


心の重荷がすべて落ちた気がして、

その日は自宅に帰って風呂にゆっくりつかり、

穏やかな気分で床についたのです。




真っ暗です。


暗がりの中はシン、と静まり返って、

ゆらゆらと揺れる視界は緩やかに凪いでいました。


「どう、して」


あの夢です。


心が黒く塗りつぶされるような絶望感と共に、

視界の中央に視線を向けました。


「え」


そこにあったはずのロウソクは、

一本もありません。


暗闇の中央には、

小さな水たまりが存在しているだけです。


「ああ。助かったのか」


漠然とそんな声が漏れて、

言った内容に、自分で肝が冷えました。


助かった? そんなまさか。

金魚が死んだだけで、命まで取られるはずが――。


ピチャン。


あの水音が響きました。


金魚はいないのに。

ロウソクだってないのに。


ピチャン。


足が水に浸されます。


そして、

視界の端にチラチラと映るもの。


赤い。

赤い光が、チラチラと――。




「う、わっ」


ドサリ。


ベッドから身体が転げ落ちました。


ひっくり返った視界は、

なんてことのない朝の風景を映しています。


「……イヤな、夢」


連日続いたブキミな夢に引きずられるように

体調は芳しくなかったものの、

仕事を休むわけにもいきません。


眠気にボーッとする頭を揺らしながら、

半ば遅刻気味に会社に出社したのです。




「え……先輩と連絡がつかない?」


時間ギリギリに会社につけば、

いつも朝一番に出社しているという西田が来ていないというのです。


彼の勤務態度はひじょうに真面目で、

無断欠勤なんて考えられないような人です。


例の金魚と夢のこともあり、どこか責任を感じた私は、

様子を見に行くという上司に、一緒についていくことにしたのです。




昨日来たその家は、

閑静な住宅街の中にありました。


平日の昼間、周囲に人の姿はなく、

シン、と静まり返っていました。


正面玄関に立った私は、

上司が家のチャイムを鳴らすのをそわそわしながら見守りました。


ピン、ポーン。


プツッ。


家の中とつながるインターホンの電子音。


「すみません。○○会社の者ですが」


上司が、それに向かって声をかけます。


『…………』


反応はないものの、

ガサガサと生活音のような音がしました。


良かった、誰かいるんだ。


と、ホッと安心していた時、

それは聞こえました。


『ピチャン』


「ひっ」


ここ数日、耳の奥にこびりついて離れない、あの。


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