2ー28★王女の回想⑭兵士は何を思う?
王女の視線は正面の他よりも一回り大きい猪に固定されている。
そして視線を固定しながら彼女はゆっくりと距離を詰めた。
一歩歩く度に群れの中の猪が鳴き声を出す。
炎の熱も感じながら兵士は王女の行動一つ一つに恐怖を募らせていく。
無事に帰りたい!
それだけが戦意を失った兵士の願いだった。
徐々に猪との距離を縮めて行った彼女だが、途中でその歩みが止まる。
位置は猪と生存兵のちょうど中間値点。
彼女が来る前まで、
今は力尽きた無数の
力尽きた
ヘアアクセサリーを懐にしまい、アップにしている髪には両手を入れほぐす。
崩れた髪の毛の何本かは一瞬空中を舞い、それが怪しさから更なる怪しさを生んでいるようだ。
ボス猪と正面を向いている王女。
兵士達は彼女の後ろ姿を今見ている。
髪型を崩し肩甲骨の下辺りまで延びた髪を確認する。
兵士達の目には先程まで彼女のことは魔女に見えていた。
だが、あれは間違いだったのかなと最初は思ったのだが…
すぐに王女の後ろ姿に違和感を持ち始めていた。
彼女のチャームポイントの一つである綺麗な一点の曇りもない非の打ち所もない金色の髪。
これが、毛先から三分の一ほどが白髪に代わっていたからだ。
★★★
彼女がヘアスタイルを崩した決定的な理由というのはあまりない。
何気なく崩しただけだ。
自身の力が通常とは明らかに異なる方面で覚醒している彼女。
だが、その力を試すようになってからまだ日が浅い。
その彼女にとって何気なくと言う感覚は非常に重要なものと言えた。
ヘアアクセサリーを懐にしまった彼女は、再び猪の群れを見回す。
すると、先程同様に赤黒い炎が彼女の周りをおおう。
続いて、彼女の髪が一本一本意識を持ったように動き出す。
炎と髪の毛は最初は別々に動いているように見えた。
だが次第に炎が細くなるにつれて、その動きが髪の毛と重なりだす。
最初は一組二組…
続いて四組八組とその重なりは等比数列的に増えていき、気がつくと炎と髪の毛は完璧に一致していた。
美しい金色の髪の毛の少女はいない。
そこには
「出来ました!」
彼女は大きく深呼吸をした後で、嬉しそうに自身の髪の毛の数本を鼻の近くまで寄せる。
「はい…見てください!何とも良い
自身の髪の毛を、返事が出来るはずもない
返事ができないはずの獣たちだが、彼らにも感情というのは確かに存在するのだろう。
先程は、一歩一歩近づく彼女には威嚇を含めた唸りを浴びせていたのだが…
今の彼女の言葉には、そのような真似をしない。
しないどころか、気づかれないように逃げ道を探っているようにさえ見えた。
そして、その猪の不振な行動には彼女自信も気づいたのだろう。
「逃がしません…」
静かに言い放った後、彼女の全身が光だす。
そして光輝きながら、赤黒い針のようなモノが彼女から飛び出した。
猪だけではない、兵士の誰もが初めて体験する光景に違和感と恐怖を感じる。
針は力尽きた無数の
やがて自身の光も針も収まった後で彼女は手を大きく広げて叫んだ。
「出でよ!
光がない瞳、真っ白になった髪を持つ王女であった彼女の言葉を聞いた誰もが、その場の光景に恐怖した。
彼女の言葉の後、針は赤黒い炎となり
起き上がった彼らの瞳には力がない。
起き上がった彼らの口から言葉はない。
あるモノは片腕がない。
あるモノは片足がない。
だが確かに彼女の呼び掛けには反応している。
彼女の言葉に反応をした両者は、すべて彼女の元へ集まった。
自身の呼び掛けに反応した者達に囲まれながら彼女は満足そうに視線を一周させる。
そして彼女の動く視線に応えるように
兵士だった者は片手をあげたり
首を一周させたり
猪だった者は前足を高く上げ威嚇するポーズをとってみたり
各々が何かしらの動作で主からの命令に応えている。
もし声があれば非常に高い士気を見せていたのかもしれない。
やがて一周した彼女の視線は、とある場所から動かなくなった。
その視線の先にはボスらしき猪が正面にいる。
彼女は自らの
「行きなさい!」
その瞬間、主からの命令を受けた
勿論、途中には敵である猪達が大勢いる。
だが、そんなものは
恐らく今の彼らには痛みというものが存在しないのだろう。
恐怖に怯える猪が最後の抵抗とばかりに彼らに攻撃を浴びせるが、彼らは全く屈する姿勢を見せなかった。
ある者は一撃をもらいながらも、自らの持つ剣で猪を返り討ちにする。
そしてある猪は、かつて一緒に野山を駆け巡った仲間を追いたてた。
今となっては、彼女の命令が全てなのであろう。
逃げ場をなくした猪達は炎の部屋を無駄だと知りながら逃げ続けた。
感情というものを出さない彼女の眷属達は、恐怖を露にする猪達を一方的に追いたてる。
その様を近くで見ていた兵士達は何を思っていたのかは分からない。
だが時間が経ち猪が全滅したのを確認しても誰一人として安堵することはなかった。
彼らが安堵したのは、目の前で暴れまわっていた者が動きを止めた時でもない。
炎の部屋がなくなった時でもない。
一人の女性が力を使い果たし意識を失い倒れたのを見た時だった。
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