2ー11★ハッタリ

『動かないで!それとも、いいの?』


老婆は羊皮紙を握った右手をこちらに向けながら叫んだ。

彼女の意図する行動が俺には分からない。

だが怒りの上でとった行動というのは、今までを見れば分かる。

あの羊皮紙は何か仕掛けがしてあるのだろうという予想はつく。

なので今は絶対に刺激をしたくない。


『分かりました』


アンバーが一言だけ答える。

正直、俺にはどう対応してよいのか分からない。

だが彼女を刺激するのは良くないと言う彼の考えには俺も賛成だ。

それに俺には彼女の予備知識がないが、彼にはどうやら予備知識があるように見受けられた。

なのでここでのやり取りは彼に任せるのが最善だと思う。


『それなら質問するから答えて!先ずは何人で来てるの?』

『その前に…貴女様が本当にフィリア・ヴァン・ユースティティア様と言うことであれば、それを証明してはもらえないでしょうか?』


アンバーの言葉が今までに聞いた中で最も優しい。

付き合いなんてフェン絡みで2回しかない。

何度かしか言葉を交わしていないのだが…

いつも大きな声で豪快に喋っていた。

エルメダなんて初見の時はビックリして距離をとっていたほどだ。

敬語なんてほとんど聞いたことがない。

市長にも遠慮なく喋っていたほどだ。

それが…『様』?『でしょうか?』だと?

明らかに俺の知っているアンバーではない!

いや、もしかしたら彼女の存在が俺が今まで会ったことのないような別次元の存在ということなのだろうか…


『先に質問したのは、こちらです!先に答え…』

『すいません。12人です』


彼女の右手を振り上げながらの叫びに割って入るような形でアンバーが答える。


『なるほど…残りは洞窟の外で待ち伏せているというわけですね。貴殿方はとりあえず、ワタクシと反対方向の壁まで下がりなさい』


彼女はそう言うと右だけ素足になった。

彼女の言葉の後、アンバーの方を見ると無言で頷いている。

ここは従うべきだという判断なのだろう。

俺は下がりながら素足となった彼女の右足に注目をすると何やら刺青タトゥーらしきものが確認できた。

場所は足首の付け根から足の平に広がる位置辺り。

柄は左右のライオンが力強く立ち上がるように描かれていて、中央には盾と槍が描かれている。

見た目には非常に雰囲気があり格好いい柄だと思う。

だが俺が思う感情はそれだけだ…

サッパリ意味が分からない。

しいて分かることと言えば、うっすらとだが光を放っているように思う。

なので俺は刺青タトゥーの意味を聞こうと口を開こうとしたのだが…


ガツン!


『お前は喋るな!』


老婆が怒りの表情で俺に石を投げつけながら叫んできた。

俺の方では本当に身に覚えがないのだが…


『ナカノ、それは本物だ。だからお願いだ。刺激をしないでくれ』


アンバーが俺に諭すように言ってきた。

此方としては老婆を刺激しているつもりなど毛頭ない。

だが老婆の怒りの正体が何なのか全く分からない現状だ。

それを言い出すと逆ギレされて本格的な怒りを買うことになるだろう。

俺は黙って下を向いてやり過ごすことにした。


『目的は…当然、ワタクシですよね~?』


さっき彼女は命を狙うとか何とか言っていた。

なので、この言葉の「目的は私」と言うのは、老婆の命を狙うという意味のはず。

今回は調査が主目的なので、やはり彼女は絶対に勘違いをしている。

俺は間違いを正したくて上を向いたのだが…


ギロリと老婆は俺を睨んできた。

どうやら本当に俺の発言権は0のようだ。

滅茶苦茶な迫力に俺は再び下を向いてやり過ごすことにした。


『フィリア王女、私たちは貴女の命を狙おうなどとは思っていません。それについては誤解なのです。信じてください』


(ん…??王女…??)


俺の気のせいか…?

アンバーの言葉から王女という言葉が聞こえたような気がした…

ここで上を向いて、今のアンバーの言葉を確かめたい。

だがそうすると…

また睨まれて何を言われるか分からない…

無駄な争いの種を作りたくない俺は、だまってやり過ごすことにした。


『貴方はドワーフで、あそこで小さく怯えている方はエルフですね。であっても、あの事件の事は知っていますよね?もちろんワタクシにかけられた疑いというのも…どうせ…貴方が喋ったんでしょう!』


ガツン!


下を向いている俺の右に彼女が再び投げたであろう石ころが飛んできた…

何度でも言いたい!

俺が何をしたんだ…


でも…

あの事件ってなんだ?

王女って言ってたよね?

疑問がどんどん増えていく…


『フィリア王女、どうか私達と冷静に話し合ってはくれないでしょうか?お願い致します』


アンバーが膝をついて王女に懇願している。


『今さら何を話せと言うんですか…もう全てが終わりです…』


そう言い終わると彼女は俺たちから後ろ向きになり距離をとった。

突然のことで彼女がなぜそんなことをしているのか俺たち三人は分からない。

とりあえず彼女が後ろを向くことで俺達から視線が切れた。

その隙を見て俺は彼女の行動を知るべく、距離を保ちながら右にまわり込んでみると…


彼女は右手に握っている羊皮紙を噛んでいた…



いや…

その表現は正確ではない。



彼女は羊皮紙を食べていたのだ。

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