1ー75★理由

『はい、それでは私の方からナカノ様へご説明させていただきます』


トーレがニッコリと笑いながら俺に話しかけてくれる。

前回の話では本人のトラウマに触れてしまい、感情的になった彼女なのだが…

容姿は非常に整っているだけあって、落ち着いた表情を見せてくれると思わず見とれてしまう。


『ありがとう、トーレ。それではお願いします』


俺は自分の心の中に現れた感情を隠しながらトーレの話を聞くことにした。


『先ずは従属のトゥリングにより奴隷になった場合、基本的には不自由なことというのがありません』

『基本的には?』

『はい、生活をする程度のことと言えば良いのでしょうか』

『それなら簡単に逃げられるのか?』


俺はどこまでも考えが甘いようだ…

この言葉を発した直後、トラボンとトーレが示し合わせたように鼻で笑った…


『『申し訳ございません。つい…』』


二人が息を合わせたように声を揃えて謝罪する。

そもそも、さっきの話で奴隷は一生付き従わせるみたいなことをトラボンは言っていたし…

こんな発言というのは、確かに笑いたくなるような甘い戯れ言なのかもしれない。


『いや、気にしないので、トーレ、続けてくれ』

『はい、先ず私が従属のトゥリングで用いられたトゥリングというのは、通常、思いの指輪と言われるものです』

『へー、通常はどんな用途で使われるんだ?』


ここでトラボンがゆっくりと顔をあげた。

どうやら指輪についての説明は彼の方からしてくれるようだ。


『自分の大切な人がモンスター討伐に出る際、無事に帰ってきてほしいなどの思いを込めて相手に送ったりします。その他にも用途は色々とありますが、この説明が最も分かりやすいと思います』

『あー、さっき聞いた安穏無事の効果ですね』

『はい、そうです』


『トゥリングを両足の中指につけられると、一瞬ですが何とも言えない違和感のような感覚が襲ってきます。ですが、別に痛くなったり気持ちが悪くなると言うこともありませんので、気にも止めなくなります』

『何もないの?』

『はい、何もありません。普通につけられるだけであれば、それで終わりです。その後に思いを口にさせられるのです』

『思いを…?』

『はい、「私はあなたの奴隷として一生を尽くしたい」とです。するとトゥリングは両足の中指からは離れなくなってしまいます。これで、めでたく従順な奴隷の出来上がりと言うわけです』

『ハハハっ…従順って言っても普通に生活はできるんだよな?』

『はい、出来ますよ。ただし自分が主人となった者が不利益と思う行動を考えたもしくはとった場合、両足のトゥリングから痛みが襲ってきます』

『どのくらいの痛み?』

『最初、私が受けたときは立っていることができませんした』

『痛みはいつまで続くんだ?』

『自分が何も考えられなくなるまで続きます』


『そもそも、トーレの場合は何でつけることになったの?』

『私がランティスに住んでいたときのことはナカノ様にもお話ししたと思います』


トーレは落ち着いた表情で俺の方を改めて向き直してきた。


『ああっ…、聞いたね…』


(やっぱり、この話になるのか…出来れば触れたくない話なのだが…)


トーレが軽めの深呼吸を一度。


『一言で言えば、知らなかったからです』

『えっ…??知らなかった?』

『私が以前住んでいた村は、結構閉鎖的な村でした。用がなければ都とは関わらないようにしていたため情報自体が乏しかったと言えます。ですが私は村の物資の調達を担当していました。その為に少なからずですが、都の人と関わり情報を収集する場面も多くなります』

『その辺りは、確かに前も言っていたね』

『はい、そして私が思いの指輪のことを初めて知ったのは、いつもは夕方近くまでかかる買い出しが早めに終わった時のことです。時間が余ったと言うこともあり、私は普段はあまり通らないような賑やかな通りを一人で・・・歩いていました。普段、村にいては目にすることがない綺麗な洋服。味の想像もつかない貴重な香辛料がふんだんに使われた料理。自分の目に入ってくる全てのものが新鮮で夢中になっていました。そんな時にふとある一組の若い男女のペアが気になり目がそちらの方へ向いたんです。どんな男女だったと思いますか?』

『思わず振り向きたくなるほどの絶世の男女ってことか…?』

『いいえと言うと失礼になるかもしれませんね。ですが、あえて言わせてもらいますと、その男女の外見は一般的だったと記憶しています』

『それなら、偶然目がいったと言うことだよね』

『はい、全くの偶然です。自分も最初は首をかしげたんです。見た目もごくごく普通です。服は当時の私よりは上等なものだったかもしれません。ですが別に羨むものでもありません。彼らが手に持っているのは、通りにあるような貴重な食料などではない。私たちの村でも食べることができる、獣の肉を焼いた珍しくもない串焼き。味の想像なんて簡単にできます。ごくごく普通の男女が仲良さそうに通りを食べ歩いているだけの光景だったんですから…』

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