1ー76★楽しき日々

『何となくの好奇心から気になり、私の目線は男女を追いかけてしまいました。悪いなとは思っていたのですが…でも理由は分からないのですが…やめられなかったんです』


どこからかカタカタと震える音がした。


不思議に思い、辺りを見回すと…

原因はトーレだった。

彼女の歯が歯軋りをするように震えている。

その様子に俺だけではなく、トラボンの方も心配に思ったようだ。

横からトーレを抱き抱えるように優しく包み込む。


『トーレ、大丈夫ですか?無理する必要はありませんよ』

『大丈夫です、旦那様。今なら喋れる気がするんです…』

『ナカノ様、ご都合はあるとは思いますが、トーレのお話をこのまま聞いていただけませんか?』


なぜ従属のトゥリングをつけるようになったのか、それを聞いたのは俺だ。

本来なら端的に要点のみを聞くというのがいいのだろう。

ただ今回、話を聞く相手というのがトーレなのだ。

実際に従属のトゥリングの被害を受けたトラウマを俺は掘り起こそうとしているのに気づいた…

既にトラウマを克服できた者であれば、上手に要点だけと言うのも可能なのだろう。

だが彼女がトラウマを克服できているわけがないと言うのは、前回の話し合いで俺も予想がついていた。

それなのに俺は話が聞きたいと言ったのだから責任は持たねばならないはずだ。

彼女は「今なら」と言っている。

もしかしたら別日というのは無理なのかもしれない。


『ありがとうございます』


二人にお辞儀をし俺は覚悟を決めた。

トーレは深呼吸と言うには少し荒い感じの大きな呼吸を2度ほどすると、目をつむり胸に右手をあてながら喋りだした。


『男女のペアは近くの公園に移動すると長めの椅子に二人仲良く腰を掛けました。そのまま何を話すのかなと気になっていると、男性の方が私の方に近寄ってきたんです。私の方としては遠巻きから気付かれないように見ているつもりだったのですが…二人にとっては、どうやらそうじゃなかったようです。話しかけられた私は、ビックリしたけれども二人に興味があったので話を聞くことにしました。あの時は本当に楽しい時間でした!』


トーレは若干、頬を赤く染めている。

上を見ながら喜びに満ちた表情と言った具合で楽しそうに喋っていた。

体をゆらゆらと揺らして実に楽しそうな仕草だ。

つい先程とは態度を一変させている。


『二人の出会いの事。毎日食べている食事。休日のデートコース。お互いの誕生日をお互いで祝う楽しさ。たまに男性が振る舞ってくれる食事がどれだけ美味しいのか。女性が本当は二人一緒の服を着たかったのに恥ずかしくて断られたこと。お金がないときは家で二人でいるのも楽しいとか。二人は自分達の事をたくさん私に喋ってくれました。恐らく、聞いてほしかったんだと思います。今まで村の人達と商人としか話したことない私は彼らの話す一言一言に、どんどん夢中になっていきました。心の中でいつか私にも…話を聞く度にそんな気持ちだけがどんどん大きくなっていくんです。思わずこらえきれなかった私は、勇気を振り絞って二人に質問をしてみました。なんだと思いますか?』


質問がくると思っていなかった俺は思わず面食らってしまう。


『えっ…えっ…恋人が欲しいってことだよな…?』

『はい、もちろんそうです。そうしたら女性の方が「いい考えがあるよ」と言ってくれました』

『いい考え…?』

『左手の小指を握りスカートから指輪を出して、「この指には好機到来の思いがある」って言うんです。最初何がなんだか分からなかった私ですけど、「これで彼を捕まえたの!」って言いながら私の小指に指輪をしてくれて…理解できた私は嬉しくて嬉しくて、舞い上がっちゃいそうな気持ちでしたよ。これで私にも素敵な人が現れるかも…なんて考えが止まらなくて、何度も何度も女性にお礼を言いました。そしてそのまま時間を忘れて、夕方になるまで話し込んじゃったんです』


トーレが自分の視線を左前腕部の方へ落とす。

彼女は右手で左手があったであろう・・・・・・・位置を擦る。


『その日は女性からのプレゼントが本当に嬉しくてたまらなかったんです。村に帰って家族と会ったときも、嬉しさが堪えきれずに「変な子だね?」なんて言われてしまうほどでしたから。でもいいんです。その時は、これで自分にも運命の人が、いつか必ず現れてくれるはずと思えましたから…ナカノ様には恋人はいらっしゃいますか?』

『はあ~いぃ~?えぇっ…どうしたの急に…?』

『いえ、答えは別にどちらでもいいんですが…、ただ、もし恋人がいないと言うのであれば…あの時、私がどれ程、嬉しかったのか分かっていただけるかと…』


(あっ…そういうことか!)


『いないよ!と言うか貿易都市ルートに来てから日が浅いから知り合いも少ないし…』

『ありがとうございます』


お礼と言った感じで丁寧にお辞儀をするトーレ。

トラボンが心配そうに彼女を覗きこむと、彼女は大丈夫とばかりに無言で首を小さく縦に振る。


『そして、もちろん指輪を貰った嬉しさと言うのは次の日も、その次の日も続いていきました。村人との会話も都の商人の会話も何でもないはずのやり取り全てが、今までとは比べられないほど楽しいことなんです。あぁ~…あの日に戻りたい…』


トーレは下を向きながら、膝の上で自分の右手を力一杯に握り混んでいた。

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