青田堂 メンバー内リレー小説展示
青田堂
お題 正月 p-man→紅玉 一話目p-man
浦島太郎が玉手箱なる奇怪極まり無い代物にその身体を蝕まれたとて、何ら変わりない日常を過ごす認知外の人間には、塵一つ関係の無い事柄である。
田中太郎である証明を、縁も所縁もない浦島太郎に出来ない事と同じであり、浦島太郎の数奇な人生を数奇たらしめるには、まず田中太郎を知らなければならないという話である。
師走も残すところ約一時間。
めくるめく流れるこの愉快そうな一時一時を、呆け茄子な田中太郎は社会の移りゆく様相にて察しているが、それが果たして本物であるかなど、知る由も無い。
大晦日から元旦にかけての異様な雰囲気。
慌ただしい面持ちの家族の忙しない姿に、流れる時間さえも押し流されているように思える。
社会から逸れ、竜宮城とも言える隔絶された世界から見る薄ら寒い光景に、田中太郎は辟易としていた。
階下から聞こえる足音の数々。
喧騒と言って差し支えない笑い声が耳に触り、太郎の眉間には一筋の憤りが刻まれ続けている。
普段ならば既に、就寝している筈の両親の声。
年に一、二度、蔑むような声音で偉そうに講釈を垂れてくる親戚の声。
血の繋がりが無ければ、何も言わずにその頬をビンタしたくなる程の、憎たらしい甲高い声の甥っ子。
薄暗い部屋の中、テレビの液晶から発せられる光を顔に浴び、放映中の番組の内容など全く頭に入ってこず、ただ惰性でその存在意義を全うしているに過ぎない代物に、自分の人生を投影しているかの如く、悶々とした心持ちの太郎は遣る瀬無い年の瀬を消化していた。
ひと夜過ぎれば新年。
そんな馬鹿馬鹿しい決まり事に、関心を寄せる凡愚とは違う。
まるで玉手箱を開けるように、重箱の蓋を開く阿呆ども。
ほんの数時間前、嫁姑の冷戦を繰り広げながら完成せしめた作品を、まるで家畜は豚の如く寄ってたかって突き合う。
そして何より、不味い。
縁起を重視した、まるで三島由紀夫の小説のような、万人受けしない品々。
特に黒豆。
よもや飯ではあるまい。
酢豚のパイナップルと同じく、個性の押し売りである。
大体、その存在する理由にも腹が立つ。
太郎は表情一つ変えず、そう一人で鬱々と日本古来の伝統に悪態ついていた。
そんな太郎にも、楽しみがないではない。
残すところあと一時間。
ボジョレーヌーヴォーを待つ似非文化人よろしく、太郎は今年の餅の出来を予想し待ち侘びる。
両親からしてみれば、産み落とした作品が画餅である事実に打ちひしがれて仕方のない有様だが、こと毎年大晦日につく餅だけは失敗がない。
太郎はふと、餅に与する存在について思う。
誰が醤油に砂糖を溶かすなどという画期的な妙案を思いついたのだろうか。
誰が餅に海苔を巻くなどというウィットに富んだ発想を実行したのだろうか。
餅本来の良さを引き出すのではなく、ただ単純に付与する。
素材の味など抜かす者は、犬にでも食われてしまえ。
未だ残るその風潮は、不可思議に絶えないまである。
突き詰めるならば、餅とは何ぞや。
よくもまあ、米をあの様相に変貌せしめたものである。
それをしかも重ねてみせ、おまけと言わんばかりにミカンを乗せる芸術的センス。
上段と下段の黄金比にも、感嘆の声が漏れる。
太郎がこの世に生を受け、僻み、妬み、怠惰に命を減らしてきた三十余年。
ここまで感服したのは、二次元と餅以外にはないといっても過言ではない。
しかし、いかんせん騒がしい。
階下に降りて、今まで見せた事のない感情の爆発を披露したい気分ではあるが、それが出来るならば引きこもりなどにはならない。
飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。
恐らく、竜宮城社会にも少数いただろう、浦島太郎と反りの合わなかったフグ達もこんな気持ちを味わった筈である。
混ざりたい?馬鹿を言うな。
餅好きなだけに、焼餅を妬いている?
戯言の中でも極北である。
「太郎!お前も早く降りてこい!」
早くも酒灼けしたようなダミ声が、ハデスの如く地獄の底から唸りを上げた。
とうとう来た、地獄への招集。
血の繋がりというだけで、やたら馴れ馴れしい凡愚達に、さも平然を装って愛想笑いを作らなければならない。
さもなくば、新年早々餅を食う前に胸焼けしてしまう。
太郎は眉間の憤りを一層深め、重い腰をなんとか上げる。
ここで反骨精神を顕現しても、得など一つもない。
踏み込んでくる警察同様、奴等にデリカシーなどカケラもないのだから。
流行りで例えるならば、まだ能天気そうなアナの方が思慮深く思えてくる。
ありのままの姿見せるのよ。
ありのままの自分になるの。
何も怖くない!などと宣うエルサは、本当に何年も引きこもっていたのかと疑うレベルだが、両親親族の喪失による、枷のない自由な環境がそうさせたというならば、想像に難くない。
否、太郎の場合は姉弟の存在がある限り、エルサの様な復活は果たせないだろう。
肩の荷が可視出来るような気怠げな姿で、太郎は悠久の時が流れる精神と時の部屋から外へと一歩踏み出した。
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