#15 イレギュラー・メンヘラー
ねえ、聞いてよ。
はあ……。
ええ? そりゃあ、大きなため息もつきたくなるわよ。
なによ。いいじゃない、あなたの前なんだから。
はあ……。
で、聖女様の話なんだけれど……。
別に言わなくてもわかる? そう。
……で、聖女様の話なんだけれどね。
このあいだ召喚したのは知ってる? そっか、さすがに知ってるか。
これがまた一筋縄ではいかない子でねえ……。
もう疲れちゃって。
でも、一番の問題は王子かしら。
そう。お人好しなんだか馬鹿なんだか知らないけれど、あの子に引っ張られちゃってね……。
おかげで周囲の人間はてんてこまいよ。
まあ王子も引っ張られてるというか、振り回されてもいるんだけれど。
ああいうの、なんていうの?
たしかメンヘラーって言うんだっけ? 上品な言葉じゃないらしいけれど。
え? 意味は……まあ、情緒不安定な人間、ってところかしら。
とにかく精神的にもろくなっているというか、弱っている状態だったのよね、あの子は。
過去にそういう子がいなかったわけじゃないけれど……。
今回はちょっと強烈かもね。
召喚したあとなにか手元を動かしていたかと思うと、急に高音で泣き出して……。
たしかに以前にも召喚されて事態を理解して泣いてしまう子もいたけれど、あの泣き方はちょっと度を越していてみんなビックリしていたわ。
とにかく落ち着かせようとしたんだけれど、すると今度は術士のおじいちゃんに食ってかかったと思ったら、いきなり殴りつけたのよね。
あわてて衛兵が引き離したり、あの子を押さえつけようとしたんだけど、これがまた暴れる暴れる。
しかもそれも並はずれていて、衛兵のほうは女の子だし聖女だしでそんなに力を入れられないんだけれど、あの子はお構いなし!
もうとにかく殴る蹴るで大変で、最終的には取っ組み合いの様相を呈していたわね……。
あとでなんであんなに暴れたのか聞いたら、スマートフォンって言う、他人と連絡が取れる機械っていうもので、友人と連絡が取れなくなってしまっておどろいたから、ですって。
それくらいであれほど暴れるものなのかしら……?
でもとにかく、あの子にとってそれは天地がひっくり返るくらいの衝撃があったらしくて、それであんなに動揺したそうよ。
でも、それにしても、あんなに泣き叫ぶほどのものなのかしらね……。
まあとにかくそれでもどうにか落ち着いてくれたの。
だいぶ時間はかかったし、そのあいだは食べ物も受けつけてくれなくて大変だったけれど。
これもまあ、過去になかったわけじゃないからね。
それで、少し落ち着いてきて、外にもちょっとずつ出るようになったのよ。
そうしたらたまたま王子とかち合っちゃって。
まあ、それ自体はどうでもいいんだけれど、問題は王子のほうで……。
まあ、端的に行って惚れてしまったのかしら?
あるいは、単にそのときはちょっと気になったっていうだけなのかしら。
とにかくそれ以来あの子を気にかけるようになったのよ。
それ自体はまあ、麗しい王子の善意ってところなんでしょうけれど、問題は彼があの子に引っ張られてしまっているところね。
言い忘れていたけれど、あの子は結構美少女よ。
腰まである黒髪はちょっとボサボサしているけれど、パッと見たときの印象は儚い系って感じかしら。
召喚したときにあれだけ暴れていたから、わたしはちょっとそういうタイプには見えないんだけれどね……。
事情を知らない人間から見れば、か弱い乙女に映るみたい。
まあそれは置いておいて。
とにかくあの子と王子は急速に距離を縮めて行ったのね。
あの子も別に異世界に来た元凶に近い存在だからって王子を憎む様子とかもなかったし。
その割には女中や侍女に対してだけは妙に敵対的だったけれど……。
特に若い子に対しては当たりがキツイと言うか、細かいところまで注文をつけていたわね。
そんな感じでちょっと二面性のある子なんだけれど、王子は気づいているんだかいないんだか。
とにかく王子は時間があればあの子の話を聞いていたわ。
どういう話をしていたのかまでは知らないけれど、どうやらあの子は自分の身の上話をしていたみたいよ。
どうも、「ああいう感じ」になったのは家庭やら周囲の環境が関係しているみたい。
断言はできないけれど、まあ、要因のひとつではあるとは、言えるのかしら?
最初の召喚を除けばあの子はそれなりに大人しかったわ。
もちろん、女中たちへの敵対的な態度はあったけれど、あの子の置かれた状況を考えれば想定の範囲内の行動であったし。
それ以外にワガママらしいワガママもなかったから、国王たちはそれなりに楽観していたように思うわ。
……まあ、それがなんともかんとも言いがたい事態になるまではね。
あの子は王子を気に入ったのか、段々拘束時間が長くなって行ったのよね。
王子の従者が次の予定が差し迫っているって言っても、あの子はお構いなしになっちゃった。
それどころか去ろうとする王子に追いすがったり、懇願したり、しまいにはなじったりするようになったのよ。
これにはさすがに王子の従者が苦言を呈したんだけれど、そうしたら例の高音で泣き出して、大暴れ。
従者はポカーンとしていたって目撃した侍女が言っていたわね。
まあ、そのとき付いていた侍女も呆気に取られるよりほかなかった、とは言っていたけれど……。
暴れ方も幼児のそれと同じだから、それを十代も中盤の子がやったら、まあだれだって呆気に取られてしまうかしら。
え? まあそうねえ。そんなことされたら、普通は引いちゃうわよねえ。
だってあの子は聞きわけのない幼児っていう歳じゃないもの。
で、それからどうなったかって話なんだけれど……。
あの子、急にじたばたするのをやめたと思ったら、中庭にある噴水に走って行ったらしいの。
それで、どうしたと思う?
なんと、噴水に顔を突っ込んだの。
そんなことしてどうするんだって思うでしょうけれど、どうもそれで溺死しようとした? らしいのよねえ……。
つまり、自殺未遂。
そんなことされたら周りはビックリしちゃって、それでも王子よりも従者のほうが動くのは早かったのね。
「なにしてるんだ!」って噴水から引きあげたら、「触らないでーっ!」って叫んで殴られたって。
よく殴る子よねえ……ホント。
その場にいる人間からすれば、たまったもんじゃないけれど。
それで、そんなことがあったら、普通はちょっと距離を置こうと思うものじゃないかしら?
わたしが知り合いだったらそれを勧めるわよ。ちょっと、あまりに予測がつかない子だもの。
というか王子にはそう勧めたんだけれどねえ……。
王子はその一連の出来事をそういう風には受け取らなかったのよね。
それを見て、逆に「自分が支えなければ」って思うようになっちゃったのよ。
なんでそうなるのかしら?
まあたしかに同情する気持ちは理解できるかできないかと問われれば、理解はできると言えるけれど……でもあの子は抱え込むには爆弾すぎると思うのよ、わたしは。
でも王子はお構いなしみたい。
やっぱり惚れちゃったのかしら?
あら、惚れちゃったのかって考えてるのはわたしだけじゃないわよ。
王子の周りの人間もいくらかそう考えている人はいるわ。
他でもない王子の婚約者がそうでね……。
ここから予測しうる出来事は修羅場以外にないと思うんだけれど、まあ、そうよ。
そうなったのよ。
ええ、そうよ。当然、王子の婚約者は近ごろ彼が心を傾けているっていうあの子に会いに行ったのよ。
これほどまでに、すでに惨状が予想出来得るものもないと思わない?
まあ、結果はお察しの通り。
婚約者はあの子に苦言を呈したわ。
自分と言う婚約を交わした人間がいるのだから、あんまりベタベタしないでちょうだい、って感じで。
まあ、その婚約者が言っていることはまっとうなことよねえ。
そういうことは王子にも言うべきだと思うけれど、まずは元凶に釘を刺しに来たのかしら?
それで、あの子はちょっとショックを受けている風だった。
あの子もあの子でやっぱり王子に惚れていたのかしら?
まあ、優しく身の上話を聞いてくれたんだから、惚れる要素はあるとは思うけれど。
それで即暴れた? ……違うわ。
あの子は普通に言い返したのよ。「そういうことは王子に言え」って。
あのときの態度は――そうね、女中や侍女に対するものと似ていたわ。
わたしが思うに、あの子はどうも同年代の同性を相手にすると、ああいう敵対的な態度になるみたいね。
それから「あんたは周りが王子に選んだ人間だけれど、あたしは王子に選ばれた人間だ」とも言ったわね。
ええ。口調はまんまってわけじゃないけれど、相手が貴族ってわかっていてもあの子は丁寧語とかは使ったりはしなかったわね。
それに挑戦的と言うか、挑発的と言うか。
わざわざケンカになるような言い方を選んでいるような気もしたわ。
そこからはまあ、悪口の応酬。
婚約者も未来の王后に選ばれるくらいだから、気も強いしプライドも高い。
それが挑発されたんだもの。黙ってはいられなかったんでしょうね。
最終的に先に手を出したのは、やっぱりあの子のほうだった。
婚約者のほうが口が回って負けそうになったから、殴ったのかしら?
でも、婚約者もそれで負けていない。そのまま殴り返して、髪をひっつかんでのキャットファイトに突入したわ。
それで、どうなったって?
それがねえ……あの子のほうが手加減できなさそうな感じがするでしょう。
それなら、あの子が勝ちそうな気がするけれど、先に根を上げたのはあの子のほうだった。
また高音で泣き叫んで駄々っ子みたいに手足を暴れさせて……まあ、いつもの通りよ。
それとなぜか自分の首を自分の手で絞めようとしていたわね……。侍女たちが束になってかかってやめさせていたけれど。
婚約者のほうも顔には青タンができるわで満身創痍って感じだったけれど、さすがに貴族令嬢……っていう言い方が合っているかはわからないけれど、キャットファイトに白黒ついてもシャンとしていたわね。
それでまあ、もちろん大さわぎになるわよねえ。
貴族令嬢が聖女とキャットファイトなんて前代未聞だもの。
それでどうなったかって言うと、それがまあ、王子はカンカン。
でも怒りの矛先は自分の婚約者のほうに向いていた。
王子からするとあの子はか弱い女の子で、王子が支えてあげないといけない存在だから、そんな子に手を上げるなんて言語道断、って感じみたい。怒った理由。
……もう、そんなの聞いたらため息しか出ないわよねえ?
「あの子には私しかいないんだっ……!」って、悲愴な顔で言われてもねえ……。
まあ、そうかもしれないけれど。
でも婚約者へ怒るばかりで、近ごろの自分の行いが原因であることについては、フォローのひとつもないんだもの。
キャットファイトまで繰り広げた婚約者の立つ瀬がないわよね……。
国王のほうはため息をつくばかりよ。自分の息子のボンクラぶりに気づいたのかしら?
……今、あなたが言いたいことを当ててみましょうか?
ずばり! 「巡礼の旅はどうなったんだ」――でしょ?
でしょ?
……そうなのよねえ~……巡礼の旅。どうなっちゃってるんだか。
はあ……。
今の状態じゃ旅に出すなんてマネ、できないしねえ……はあ。
まあ、そういうわけで、わたしがため息をつきまくっている理由がわかったかしら?
はあ……ホントこれからどうなっちゃうのかしら?
なんか、妙~に肩の叩き方が優しい気がするんだけれど?
あのね、悪いけれど、今はそういうのにも毛を逆立てる元気はないの。
はあ……。
え? ワイン出して来てくれるの?
ええー。そりゃあ、あなたにそこまでさせたら、喜ぶわよ。
え? もっとわかりやすく喜べって?
ええ……。
ワーイワーイ!
……これでいい?
ちょっと判定厳しくない?
でも出してくれるのね。愚痴まで聞かせちゃったのに悪いわね。ありがと。
あなたがここまでしてくれたんだもの。
みんな困っているみたいだし、魔女としてちょっとお節介を働いてこようかしら?
気合を入れてね。
……うん。よし、がんばる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。