#14 イレギュラー・ゴッドチャイルド
ねえ、聞いてよ。
え? こっちも疲れてる?
大嵐にでも遭ったの?
ええ、ちょうど道が濡れていたから、嵐にでも遭ったのかと思って。
当たり?
え~? 帰らないわよ。
こっちもひと仕事終えて疲れてるんだから。
ちょっと休憩ついでに愚痴を聞いてよ。
ワイン? ……今日はいいわ。
え? そんなにびっくりすること?
……ちょっと今日は飲んだら悪酔いしそうだもの。コーヒーだけにしとくわ。
……はあ~。あったかいコーヒーが体にしみるわあ。
で、話なんだけど。
え? もちろんするわよ。
これはだれかに聞いてもらわないと疲れがとれないもの。
ええ? そんな疲れはないって? あるわよ。ある。絶対ある。
で、話なんだけど。
まあ、わたしがこんな風に切り出したんだから、わかるわよね?
そうよ。聖女様の話。
今回の聖女はなんというか……まあ、規格外だったわ。
そうね。悪い子じゃあないんだけどね。
悪いのはむしろ国王の方っていうか……。
……まあ、順番に話しましょ。
召喚されたとき、あの子はまったく動じていない風だったわ。
一度、召喚されたことがあったとしか思えないくらい、心が凪いでいるようだった。
むしろ、あんまりに動じていないんで、周りの人間のほうがちょっと動揺していたくらいだったわ。
それで、巡礼の旅のことについて話しても、あの子は普通に受け入れていたわね。
でも、ノリ気っていうよりは、仕方ないから受けるって感じだったかしら。
どちらにせよスムーズにコトが運んだことはたしかよ。
……それで普通に終わっていればよかったんだけどね。
端的に言うと、あの子が来てからいいことづくめだったのよ。
空は穏やか、雨は適度、魔物は静かで、植物の生育は超順調。
いずれも唐突なものじゃなくて、平年に比べて落ち着いていたり、多少数値を上回っているていどの話だったんだけれど。
でも、いつしか民のあいだでは「聖女様を召喚したからでは」っていう話になったのね。
そうね。それくらいだったら誤差の範囲と言い張れたでしょうね。
けれど、大人しかったのは最初だけ。
最初は小さな異変程度だったんだけれど、どんどんそれは大きくなっていってねえ……。
最終的には半年かかる収穫物が一週間で収穫できるまでになったわ。
あなたもうわさくらいは聞いたこと、あるんじゃない?
え? ……まあ、あなたらしいわね。普通は与太話と思うでしょうね。
でも、これらは現実に起こったことなのよ。
ここまでくると、民は喜ぶよりも怯え始めた。
なにか、よくないことの前兆かもしれないと受け取るようになったのね。
原因を推測するのは簡単だったわ。
それらが起こったのは、あの子が馬車で通過した場所に限られていたから。
……まあ、短絡的と言えば短絡的だけれど、実際にそうだったんだから、推測は当たっていたのよ。
そう。あの子の……パワーというかなんというか……その、力? のせいだったのよね。
いいことづくめ、と言えばいいことづくめだけれど、言い方を変えれば、自然の摂理に反した現象ではあったわね。
だから、宰相たちは早急に聖女に元の世界へ帰還してもらうよう、国王に進言したわ。
でもね、国王はあの子の力に目がくらんでしまった。
あの子がいれば大量の収穫が手に入れられる。
それでいて、魔物も穏やかで、川も穏やか山も穏やか。
いいことづくめじゃないか、って。思ってしまったのよねえ。
そうなのよ。一週間で収穫できてしまう麦なんて、逆に怖いわよねえ。
普通の神経をしていれば口にするのは戸惑ってしまうのが、道理ってものよね。
でも、国王はそうじゃなかったみたい。
周りが止めるのも構わずに、あの子をこの国――というか、この世界に引きとめようとしたのね。
でも、あの子はそれを断ったの。
そもそも、あの子は元の世界に帰してもらえるなら、という約束で、巡礼の旅を引き受けていたからね。
まあ、普通はそうよね。
宰相たちもあの子がそう答えるだろうことを知っていたから、そう強くは進言しなかったのよ。
他でもないあの子自身の口からそう言われたら、国王もあきらめるだろうと思ったのかしら?
けれど、そうはならなかった。
国王はあろうことか、あの子を幽閉してしまおうとしたのよ。
馬鹿よねえ……。
あの子の力の源泉がなにかなんて、あの時点ではわからなかったのに。
もし、たとえばあの子の他人を思う心とか、感情に紐づいている力だったとしたら、逆効果だったでしょうね。
でも、あの国王はそこを短絡的に考えてしまった。
単純に、あの子を手に入れさえすれば、莫大な力もいっしょに手に入ると勘違いしてしまったのよね。
国王の命令と言えど、相手は聖女だったから、近衛兵は最初は戸惑っていたわ。
宰相たちも「さすがにそれは」って感じで国王をいさめようとした。
でも、それよりも先に怒ったものがいたのね。
国王? 違うわ。
あの子の――父親よ。
いったいどこから父親が生えてきたんだって、不思議そうね。
わたしもさすがにびっくりしたわ。
あの子の父親はね、最初からあの子とずっといっしょにいたのよ。
ここまで言えば、さすがに父親が人外の存在だとわかるかしら。
あの子はね、神様の子供だったのよ。ええ、もちろん異世界の神様の、ね。
それで心配症の父親である神様は、ずっとあの子といっしょにいるんですって。
だからあの子の周りでは様々な恩恵が形となって現れる。
けれど、あれでも昔に比べるとマシなほうなんですって。
あの子によると、昔はもうホント、すごかったらしいから。
そういうわけで怒った神様が現れて、現場は大混乱。
大混乱だったのは王宮だけじゃないわ。
空は荒れて、草木は枯れて、動物たちは大暴れ。
それでわたし、王宮へ行くのに遅れたのよね。
だからたどりついたときにはすべてが終わったあとだったわ。
え? 大丈夫大丈夫。それはさすがにあの子が止めたわよ。
神様の力に目がくらんでしまっただけだからって、父親をなだめたのよね。
おかげで、国王はもちろん、この国は首の皮一枚でつながったってところかしら?
まあ、なんにせよ、あの子が父親と違って穏やかな気性だったのが幸いしたわね。
……あら、その顔、気づいたみたいね。
そうね、あなたが大嵐に遭ったのは……まあ、言ってしまえば国王のせいね。
神様を怒らせたから……。
まあまあ、そう不機嫌な顔をしないでよ。
大嵐程度で済んで、よかったじゃない。
それでまあ、色々あったけれど、あの子は帰って行ったというわけよ。
帰ってしまったからすべて元通りになったわ。
でも、民はそれで満足しているみたい。国王は……どうだか知らないけれど。
あんなことをしでかしたんだから、謀叛でも起こらないよう祈っておいたほうがいいかもしれないわね。
……あなたの機嫌も、直らないみたいだしね?
え? 笑ってないわよ~。
でも、雨に濡れて不機嫌そうにしている姿なんて、レアよね。
ふふ、わたしの疲れもちょっとはマシになったみたい。
え? 性格が悪いって言いたそうな顔ね。
魔女なんてそんなものでしょ。
ごめんごめん。謝るから機嫌を直してよ!
愚痴を聞いてくれたお礼にその髪、乾かしてあげるから。
ね?
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