しあわせのかたち

北川エイジ

1

「さあ~、今日は素敵なゲストの方にお越しいただいております! 作家の牛田モウさんで~す!」


中年女性のアシスタントさんに呼び込まれ俺は小さなセットの中央に歩んでいき、そこで待つ司会の方のとなりに位置し、カメラに向かってうやうやしく頭をたれた。


今日はお笑い芸人としてではなく発売されたばかりの新作小説の番宣に作家として来ているからだ。本心では恥ずかしい思いがあるが仕方がない。これも大事な仕事だ。


しかし正直なところ慣れることのできない仕事だ。作家兼芸人などという異質な存在を扱うフォーマットがこうした情報番組にはまだないのだ。


とりわけここF県のような地方ではこれが当たり前だ。タレントなのか文化人なのか曖昧なまま、いつもどっちつかずの対処をされる。そういう俺自身もうまく対処できず結局は地の自分で乗り切ることが多い。


本音ではいつも逃げ出したい心境である。深夜番組の収録だともっと楽にできるのだがこれは夕方の生放送である。もうすぐ芸歴二○年になる俺でもきついプレッシャーがあった。早く時間が過ぎてほしい。その思いばかりが頭の中で渦巻いていた。


ようやく宣伝を終えるとスタジオの隅にいるマネージャーの元に行き、いや~と俺は声を出そうとした。が彼は俺をさえぎるようにして言った。


「プロデューサーさんから預かり物があります」


そう言って封筒を俺に渡すと彼は背を向けて立ち去ってゆく。今日はここで解散なのだから問題ないが、いつもこうしたぶっきらぼうな彼の態度には腹が立つ。


封を切り中身を確かめてみると写真展の招待状だった。送り主は写真家のようだ。会場は知ってるデパートの七階である。

便箋が一枚添えられており短く〈ファンでいつも見ております。ぜひお立ち寄りください〉とある。

後藤田ツクモ。知らない名前だ。


楽屋に戻ってスマホで検索すると一応は簡潔な情報が出てきた。

歳は三八……ふたつ年下か。画像検索で芸術性の高い写真のいくつかを見ることができた。


とくに興味はないがもしかしたら参考になるものがあるかもしれない。芸人にせよ作家にせよインプットが肝要である。

明日は休みになっているので気が向いたら昼にでも行くか。今夜は約束がある。あまり気乗りしない約束であっても人間関係は重要であり関係がある以上は役割が発生する。そいつをこなしていくのが人生ってもんだろう。



        ☆



由美が部屋から出ていく。深夜の二時だ。ホテルのバーで会い、しばらく過ごしたあと上階へ。いつもの流れだ。セフレのひとり、由美はボリュームのあるバツイチの女である。会う度にボリューム具合がまったく違うのでそこは彼女の才能と言っていいだろう。ただ中身はすっからかんの女だ。それも魅力のうちだ。


俺はベッドから下り、椅子を部屋と角に持っていって座り、ぼんやりする。いつものこと。どんな情事もルーティーン化してしまうと、ことが済んでからひどく気持ちが落ち込んでしまう。


俺は何をやっているのだ。何のために生きているんだ。何のためだっけ?


一時的なものだとわかっているから乗り切れるがどうにも己の未熟さ無力さを痛感させられる。なんでこんなことが制御できないんだろう?




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