第73話 マザーグースの未来視


     073.


 古平ふるびらすぐると知り合ったのは、学習塾でのことだ。

 当時中学二年生の夏休み明けのこと、私は――古平優と出会った。


「――人類の未来を、きみはどう見る?」


 そんな問いかけに、意表を突かれた私は、しばらく沈黙した末にひと言。

 こう返した。

「どういうこと?」

 どんな会話から始まったことだったか、もう忘れてしまったが、何かの話で、そんな話になった。

 それから、古平優とは話すようになって、一緒に帰るようにもなった。


「空の向こう」

 気候は寒くなってきた十月のこと。

 夜風が優しく吹く街中を、ふたりで歩いていた。

 古平優は言う。

「遥か彼方……そこには『何か』がいる。だけど、そこに人類が到達するのはまだまだ先のこと。だけど、『そのとき』はいずれやってくる。そして、それはやがて人類の脅威になる」

 どうにも私にはわからない話だった。

 きっと、私と見えているものが違うのだろう。


「だから、僕は……その未来から人類を守りたい」


 そう話す古平の目は、本気だった。

 私は、そんな彼女の目を見て思わず訊ねてみた。

「どうして、そこまで人類のことを気にするの? 私には人類を、そこまで見てあげる必要があるとはとても思えなくて」

 自分のことでいっぱいいっぱいだ。

「みんな一生懸命になって、自分の人生を背負って生きているんだ。それはどの時代だって変わらない。なのに、それなのに――人類が到達する未来が、それだなんてとても悲しいじゃない」

「それが、古平さんの『能力』――『マザーグース』で見たというものなの?」

「そうだよ」

「それって、見せてもらえるもの?」

「…………」

 少しだけ黙った。

 足を止めた。

 しまった、踏み込んではいけない話をしてしまった。

 そんなふうに思った。

「いいよ、見せてあげる」

 古平優に手を取られる。

 添えられた手と手を、そっと虚空に伸ばす。

 そして。

 そして。

 その末に、私は見た。

 それはやがて訪れる人類の未来だ。

 蹂躙じゅうりんされ、淘汰とうたされ、破壊され、壊滅した終焉の果て。


 おぞましかった。

 そんな未来が、私たち人類を待ち受けているということが。

 いったい何をしたというのか。

 人類は、自分たちの手の届くものを模索しながら、常に進んできただけだというのに。どうしてそんな混沌の未来に辿り着くというのだろうか。

 心を痛めた。

 だけど、同時にそれは安堵でもあった。

(あんな悍ましい未来は)

(果ての未来にしかやってこない)

 今の私には関係のないことだ。

 それが何よりの安心だった。

 だけど。

 それは『今』見た未来でしかない。

 何かが起きて変わるかもしれない。だから、私はその瞬間が訪れないようにするために、自分を――自分だけを守るために『マザーグース』を作ることにした。

 この組織は、私が提案して、古平優と『リトル・ピーターラビット』の本来の持ち主である鵡川むかわさぎと共に調整を行った。

 それはこの高校に入学する前のことで、ちゃんと形成することができたのは入学してからのことになった。

 とても息は短い。

 まだ一年程度のものだ。


 一方で、古平優は未来のために、ほかの手段を探していた。

 果てしない虚空からの脅威に備えられるように――という名目で作られた『マザーグース』の運行は、私と鵡川鷺に任せられた。

 私は、当初の予定通りに少しずつ、このあり方を変えていった。

 つまり、自分にとって都合のいい形に変えたというわけだ。古平優は、人類の未来に備えていたが、私が組織に属して内部から調整していくにあたって、自分にとって過ごしやすい社会形成に調整した。

 別行動の古平優は、『別の可能性を探す』と言っていた。

 だけど。

 私の行いは気づかれた。

 鵡川鷺は最初から気づいていたようだったが、どうでもいいようだった。調整している時点で、あまり『マザーグース』という組織についてはどうでもいいみたいだった。

 古平優と私が対立することになれば、鵡川鷺は必ず優のほうにつく。

 だから私は、彼女を殺すしかなかった。

 殺した上で、『能力』――『リトル・ピーターラビット』だけを残す必要があった。それは想定していた方法とは異なる方法で成就した。

 とはいえ。

 古平優が行動を起こすのだけは止めることができなかった。

 古平優は、組織の在り方を看過しなかった。

 だから、潰し合いになった。

 その末に勝利したのは、この私だ。

 私は勝利を収めて、あとは古平優の残滓ざんしを取り払うだけだ。とはいえ、古平優はその残滓たちに明確な意識を与えていなかったようで、なかなか尻尾を掴めなかった。それを遂に突き止めたのは、つい数日前のことだ。

 美章園びしょうえんとどり。

『マザーグース』と関わるなと流布るふして周っていた。少し怪しいと思って突っついたら、思った以上のものが釣れた。

 それが、響木寧々だった。


 ――これが、古平優と出会った三年前から数日前までの出来事である。

 これが、当時十四歳だった少女の記憶である。

『マザーグース』の事実上の創設者。

 誰も知らない――生き残った創設者。

 殺し合いの末に、生き残った創設者。

 それが、茄子原なすはらあやという人物である。





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