第72話 イン・ザ・フレッシュ その④


     072.


 イン・ザ・フレッシュ。

 不可逆的な概念そのものを無視した『正体不明の衝撃』は、のちに地球外生命体対策局によって、そう名づけられる。

 この正体不明の衝撃は、遥か彼方の未来を見たもの――『リトル・ピーターラビット』と、人類が遥か彼方の未来に邂逅かいこうすることになる存在とのコミュニケーション――『イン・ザ・フレッシュ』が何なのかを理解できたかどうかはともかく、『何かが起きた』ということを多くの人間は察知した。


 そんな中で、ひとり。

 大きな影響を受けている人物がいた、ただひとりだけ。

 その人物は『マザーグース』に属していながらにして『リトル・ピーターラビット』をまったく違う形で使用している人物だった。

『マザーグース』――その『上層部』に該当する三人でさえ『リトル・ピーターラビット』という存在を正確には認識できていない。

 傀儡政権とまでは言わないにしても、『リーダー』の三人は『マザーグース』を制御しているわけではない。組織としてのコントロールは『リトル・ピーターラビット』によって行われていた。

『リトル・ピーターラビット』のしていたことは『人を殺すこと』に対する抵抗意識や思想の統一などだったわけだが――『その人物』は、違う。


 その人物はトラウマを埋めるために『リトル・ピーターラビット』を使用していた。

 恐怖心は、その人間の行動そのものを阻害し、正常な判断を奪うことに繋がる。これを、『リトル・ピーターラビット』が補っていた。


 それは、『その人物』が見たトラウマ。


 虚空の果てに広がる暗黒を見たとき――果てしない虚空からの脅威を目の当たりにしたときのトラウマ。

 これを『リトル・ピーターラビット』は封じ込めていた。

 しかし、『イン・ザ・フレッシュ』によって、完膚かんぷなきまでに消滅した。

 響木寧々の『能力』を知ったことで、自分が存在するのではなく、響木寧々に託そうと決断した。『マザーグース』における『その人物』と『リトル・ピーターラビット』は共にありながらにして、一枚岩ではなかったというわけだ。


(私はどこか――『あのとき』に『見たもの』を他人事のように思っていた)

(それこそ、幻影や幻想のように)

 しかしながら、それは、そうではない。

 だから、『その人物』の心に――今更になって、その記憶は牙を剥いた。

「ああああ――ああああああああああっ! ああああああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!」

 絶叫した。

 同時に、どこかフラットな感情でもあった。

(ああ――)

(そうだ――だから『私たち』は――)


『リトル・ピーターラビット』がいったい何を見て納得したのか。

 そして、どうしてこの『イン・ザ・フレッシュ』なる現象を引き起こすに行き着いたのか。それを理解するのは、まだこのときではない。

 だけど、今や残っていた唯一の『仲間』の消滅を、『その人物』は看過しない。

 その『人物』は、やってくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る