第52話 愛は「重力」を感じる。その①
52.
『引きがいい』と
果たして『引き』や『運』なんてものが、『存在する』のかどうかは別としては、確かにこのとき、宇井千枝の『引き』は確かなもので、圧倒的なものだった。
昨晩、『宇宙人』こと真菌『ドレイク』をビジネスホテルの地下にあるカラオケボックスにまで持ち込んだ女子高生の身元は全員洗い出していた。だけど、誰が持っているのかなんてわかっていなかった。
だから順番に、当たっていくつもりだった。
そんな中から、現状において真菌『ドレイク』の場所を知る――所持している人物を一発で引き当てた。
「宇井、千枝……?」
駐車場前の歩道に突っ伏している
ただの、偶然の一致か?
「大丈夫、私はきみを殺さない。『宇宙人』の在処を聞かなくちゃいけないからね――」
と、繰り返す。
(『殺さない』……だって?)
(こいつの言葉は信用できない)
『宇宙人』を狙っていて、地球外生命体対策局の人間が使用している自動車付近から出てきたことから、同じように地球外生命体対策局の人間とも考えられるが……違和感があった。
ほとんど感覚の域を脱しないが、この『宇井千枝』と名乗った人物と、
別々の思惑があって、別々で動いている。
そんな噛み合わせの悪さを感じていた。
(こいつは、私のことを知っているのだろうか――口ぶりからするに、名前や経歴、住所とかは調べられているだろうけど)
(私の『能力』までは知らない)
牛谷グレイの『能力』――『レイン・レイン・ゴーアウェイ』の効果範囲は、基本的に視界の届く範囲である。
具体的に距離を定めるのだとすれば、十数メートルほどだろう。
そんな距離が関係ないほどに、今は至近距離にいる。
(このまま――生き埋めにしてやる!)
牛谷グレイは、腕を振り上げて、アスファルトの地面を叩いた。
まるで亀裂のように、あるいは定規で一本の線を引いたように地面に『隙間』ができる。それがジッパーのように開いた。
宇井千枝の足元が、消えた。
「…………!」
千枝が感じていたのは、ふわりとした無重力のような感覚だった。
このまま落下すれば『レイン・レイン・ゴーアウェイ』で作り出した『教室』に到達する。
既にひとつ、宇井添石が『使用』しているから、それ以外のどれかの『教室』に落下させることになる。
別に作り出す『教室』の数は決まっていないが、あまり記憶できないから四つか五つくらいにとどめている。
「牛谷グレイちゃん」
空中に放り出された千枝は、ひと言。
こう言った。
「きみは『ブラックホール』を知っているかい?」
牛谷は、異変にすぐ気づいた。
落下するはずの千枝の身体が、落下せず、その場にとどまっている。
「…………ブラック、ホール? 知っているよ、何でも吸い込んじゃう天体でしょう?」
答えながら牛谷は考える。
(宇井、千枝……さてはこいつ、何か『能力』を使ったな)
(茄子原綾の報告にあったことと、私が転んだことと、今の状況……)
それぞれを組み合わせて整理していく。
「おおよそ正解だよ、その認識でね。ブラックホール。それは極めて強い重力を持っている。物質だけではなく、光さえ逃げられない天体」
誰だってブラックホールなどの宇宙に関することに興味を持つ瞬間はある。
宇宙のことを知ろうとすればするほどに、知らないことが増えていって、何が何だかわからなくなってしまう。
宇宙とは、それほどまでに果てしない、途方もない存在である。
「『トランプルド・アンダーフット』――『重力を操る能力』」
「…………ご丁寧にどうも。つまり、あなたはブラックホールをその『能力』で生み出して『重力』を操っていると?」
「まさか」
肩をすくめる宇井千枝。
「地球上でビックバンを再現しようと実験を行うと、それによってブラックホールができる恐れがある。それによって、地球そのものが破壊されるかもしれない」
「…………」
「だから極小サイズなのよ。ミクロの中でも小さくて小さい――そういうサイズ。私の身体とか、きみの身体を少しだけ引っ張ったり、浮かせたりする程度の、そういう『重力』の
ぐぐっ……と。
グレイの身体が引っ張られるのを感じ――いや、引っ張られている。
駐車場前の歩道から、車道のほうに引っ張られている。
そして、引っ張られているのは別に牛谷だけではなかった。
車道を走っていた自動車が、『重力』に引っ張られて、縁石を乗り越えて突っ込んできた。
「くっ――『レイン・レイン・ゴーアウェイ』!」
牛谷グレイの突っ伏している場所が開いた。
『隙間』ができて、牛谷グレイが『レイン・レイン・ゴーアウェイ』の『教室』に落下する。そしてすぐに『隙間』を閉じる。
これによって歩道に足場ができた自動車はそのまま宇井千枝に突っ込んで行く。
「『トランプルド・アンダーフット』」
『重力』の発生に伴って、自動車の動きも変わる。
宇井千枝の真横を抜けて、集合住宅に駐車場にある塀に突っ込んだ。
今のこの状況。
宇井千枝の注意は、間違いなくその自動車のほうに向いていた。
周囲に存在するものに対して、危険度をつけるとする。そのとき、間違いなく今の足元にある『隙間』に対しては、危険度は低く設定される。
なんたって処理が済んでいるのだから。
自分が発生させた『重力の粒』の『重力』に従っていればいいのだから。
まさかその『隙間』から、手が伸びてくるなんて予想もしていなかった。
危うく足元が掴まれるところだった。
咄嗟に『重力』を強くして、少し浮かび上がることで回避した。
しかし、それが悪手だった。
『隙間』から伸びてきている手。
その影が、破いた新聞紙のように引き剥がされて、『重力』のほうに引っ張られていく。その千切れた影は、千枝を覆う。
それが、射程距離。有効範囲。
「久しぶりだな、千枝」
「あ、兄貴……っ」
『隙間』から、『重力』に引っ張られて、出てきた人物。
宇井添石。
敵意と悪意を持って、宇井添石は『能力』を使う。
今やただひとりの血縁であり家族であり兄妹であり絶縁である宇井千枝に対して、一切の迷いなく、『能力』――『カスタードパイ』を使用する。
『影』の中に収められている無数の刃物が、容赦なく妹を切り刻む。
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