第35話 宇井添石(カスタードパイ) その④


     35.


 日根ひね尚美なおみの元にあった『既に「あや」が動いている。急げ』という電話がいったい何者によるものなのかわからないが、指示に従って病院内を歩く。病院のフロアマップを見ながら指示された『隔離病棟』を目指す。

 その道中に殺されている沼野ぬまの成都せいとを発見した。

 腹部を杭のようなもので貫かれていた。

(綾……茄子原なすはら、綾)

 今から向かう先にいるのが、茄子原綾であるならば、あの殺し方にだって納得ができる。隔離病棟に閉められているはずの扉だって、

 この先に、合流する場所にいる人物が茄子原綾である、と確信する。

 成績優秀の優等生である茄子原綾は『鎮岩とこなべグループ』に属する生徒である。そんな茄子原の他者から見てもわかる欠点は、あまりにも『大雑把過ぎる』ところだ。

 実に茄子原らしい痕跡が残っている。

(……漆川うるしかわ羊歯子しだこがここにきたのは、もしかしたらか?)

 茄子原綾の行動がスムーズにさせるために、漆川羊歯子を投入したということではないのだろうか。

 つまりは、デコイ。

「あ、待っていましたよ、日根先輩」

 こじ開けられた扉の先にある廊下を歩いて、指定された『診察室』に這入った。お医者さんが座る椅子に、弛緩しかんした姿勢で座る左右にお下げのあるセーラー服の少女がいた。

 茄子原綾である。

「初めまして、茄子原です」

「…………」

 思ったより明るい子だと、日根は思った。

「……それで、私はあなたと合流してどうすればいいの?」

 なんだか挨拶を返したくなくて、そのまま本題に移った。

「保管されている場所はもうわかっています。こっちです」

 茄子原は椅子を降りて、診察室を出た。

 そのあとを追いかける。

「保管されているって、何が? 私……何のことかぜんぜん知らないんだけど」

「私も詳しく聞いていません。ですが、それはとても重要なものらしいです。何でも人類の未来を救うとか」

「人類の、未来?」

 思わず復唱した。

 人類の未来だって? 

(私は、いったい何に動かされているんだ?)

 日根は尚更思う。

 漆川羊歯子の存在は、予想した通り囮だろう。だけど、誰の企みだ? あの電話は誰からだ? 鎮岩とこなべこと子でも、牛谷うしたにグレイでも、樫山かしやま加治姫かじきでもない誰か。

(いや、その三人である可能性もある)

(気づかれたくなくて、声を隠していたとも考えられる)

 もう少し考えれば、見えてきそうではあるが、点と点を結び合わせる要素が足りない。

「日根先輩に謝らなければならないことがあります」

 茄子原は言う。

「ここに来る最中に、沼野さんを私は殺しました」

「……知っているよ」

「気づいていましたか」

「きみの『能力』を知っているからね、わかるよ。それで、なに? 悔いているって言いたいの?」

「いえ、そんな気持ちはないです」

「正直ね」

「はい。もし、そのことで作戦中に裏切られるということがあってもいけないので。『この作戦』を失敗しないためにも今のうちに話しておいて、お互いの懸念点を解消しておきたいと思いまして」

「ふうん――」

 なんだ、この言い方。

 めちゃくちゃ引っかかる言い方だ。別に癇に障るとかではなく――『この作戦』って言い方。眉唾のように感じている日根とは違って、茄子原からは本気具合が伺える。『人類の未来』と言っていたか。その内容を少なからず知っているみたいな口ぶりだ。

「この部屋です」

 話しているあいだに到着した。

 何の部屋かわからないが、扉には電子ロックが施されている。

「どうやって開けるのよ、これ」

「手――ならぬ種はあります」

 言いながら、茄子原は扉の壁の隙間に何かを詰めた。

「――『』」

 その瞬間。

 隙間に詰め込まれていた何かが、急激に成長した。

 木の幹のようなものが、強引に扉を開いた。

「さあ、奥に進みましょう」

 扉を開いた木は、成長を止めた。

 その幹を跨いで、部屋の中に這入る。

「これですね」

 部屋には机があって、ほかには何もない。

 何に使う部屋なのだろうか。

 机の上に置かれてある。少し小さめのアタッシュケースだ。

「これです、これを回収しないといけないんですよ」

「それって……なに?」

 臆することなく手に取った茄子原。

 思わず距離を取るようにして、日根は訊ねた。

「さあ?」

 茄子原は言う。

「これが何なのかわかりませんけど、これを取ってくるように命じられています」

「…………」

 嘘だ、と。

 日根は感じた。

 茄子原は、きっと『これ』が何なのかわかっている。

「戻りましょう、先輩」

 先に部屋を出る茄子原。

 彼女を追うように部屋を出る日根。


「それを持ち出させるわけにはいかないな」


 部屋を出たときだった。

 来た道を戻ろうとしたとき、その奥に人がいた。


 宇井うい添石そうせきが、ふたりに追いついた。





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