第7話 チェリーチェリーブロッサム その②
7.
「
「気づいていたんですか……」
「ずっと駐輪場のほうを気にしていたからね」
それだったら早いうちに言ってほしいものである。
自転車を取りに戻らなければならない。
「それじゃあね、卯月くん。よい明日を」
歩いてきて道を歩いて、学校に戻る。
運動場では運動部の生徒たちが活動している。あれは陸上部だろうか。校舎のほうからは楽器の音が聞こえる。吹奏楽部が吹いているのだろう。何かの音楽なのか、ただ音を出しているだけなのか、卯月にはわからない。
駐輪場まで歩いている最中のことだった。
「ねえ」
声をかけられたので振り向く。
卯月と同じくらいの身長の女子がいた。セーラー服のスカーフが赤色であることから、同じ一年生であることがわかる。
(……『マザーグース』)
あんな警告を受けた直後だ。
どうしても警戒してしまう。
『マザーグース』という仲良しグループに誰が所属しているのかなんてわからない。目の前にいる人物が、そのグループに属していることだって考えられる。
「動かないで」
その女子は、そっとこちらに近づいてくる。
慎重に、だ。
思わず後退りする。
「じっとしてて」
その女子は、肩からぶら下げている鞄から、ペットボトルを取り出した。
ラベルが剥がされているペットボトルで、中に入っているのは透明な液体である。水だろうか。
キャップを外して、そのペットボトルをこちらに向ける。
「危ないから、動かないでね」
直後。
その女子は、ペットボトルを叩いた。
ペットボトルの中から、水が発射された。
まるで弾丸のように、まるで砲台のように――発射された水の塊は、顔の横で何かに当たった。
「これは……」
水が、浮いている。
いや、ゆっくりと落下していっているのだ。
まるで、昔テレビで見た『宇宙空間で水を撒いたらどうなるか』という特集でやっていたような
「……スズメバチ?」
水の中に、一匹の虫が閉じ込められている。
水に包まれていて、ゆっくりと地面に着地して水は周囲に散った。
「危なかったね」
ペットボトルのキャップを閉じながら、その女子は近づいてきて、地べたで飛べずに四苦八苦しているスズメバチを思いっきり踏み潰した。
「これ、きみの肩のところにいたんだよ」
「あ、ありがとうございます」
「どう致しまして、卯月くん」
「……どうして僕の名前を?」
「え? そりゃあクラスメイトだからだけど?」
どうやらクラスメイトだったようだ。
頑張って顔と名前を思い出そうとするが、全然思い出せない。
「
言われて、クラスにいたような気がしてきた。
「怪我はない?」
「あ、大丈夫です」
「よかった。スズメバチは
「その、響木さん。今、何をしたんですか?」
「ん? ああこれ?」
見せられたペットボトルの中にある水が、
「別に手品とかじゃないよ――『ザ・ウォール』って私は呼んでる。ざっくり言えば、水の流れを操れるんだよ」
そういうと、ペットボトルの中の水が、次は逆に渦を描き始めた。
「これは、私の『能力』だよ」
「『能力』……」
卯月だって、その存在を知らないわけではない。
小学校や中学校にも、そういうことができるやつがいた。
何か特別な呼び方があるわけでもなく、それはただ、こう呼ばれている。
『能力』と。
「そんなことよりさ、卯月くん。きみは、どこかで蜂の巣でも突っついたのかな?」
「…………? どうしてですか?」
響木が指差す。
振り向くと、数匹のスズメバチがこちらに向かって飛んできている。
「卯月くん! そこから校舎内に這入って!」
すぐ近くにある教室の窓が開いている。
卯月は窓の枠を超えて校舎内に飛び込んだ。
「響木さん!」
ペットボトルを叩いて、水を何発か射出した。
何匹かに被弾したが、何匹か――ぱっと見たところ三匹ほどがこちらに向かってきている。
響木も窓から教室内に飛び込んだ。
ギリギリのところで窓を閉めた。
「あ、危ないところでしたね……」
「妙な動きね」
響木は窓の外を見ながら言う。
スズメバチたちは、ひたすら窓ガラスに体当たりをしている。
「まるで私たちを狙っているみたいな動きね」
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