最期の差し入れ

雪似子

最期の差し入れ

 月末。いつものように残業をしていると憧れている上司が紙袋をデスクに置いた。ワーカホリックだが人当たりが良く、人望の厚い人だ。

「これ、いつも俺が言ってたやつじゃないですか」

「今日は特別にな」


 丁寧に包装された栗はシロップで何度も漬けられ、宝石のような光沢を放っている。この人はマロングラッセを贈る意味を知っているのだろうか。

「なんで今日は特別なんですか?」

「俺、再来月からヨーロッパ支店だから」

「え…」

「皆にはまだ内密にな。最期の差入れだから特別に奮発してやったぞ」


 何かが崩れる音がする。


「それはおめでとうございます。出世コースまっしぐら、ですね」

「そうだといいけど不安も多いよ。だから早くお前も来いよな」

 絶望の音が止み、薄暗いオフィスに光が射した。

 もうひと踏ん張りするか、と微笑んで自分のデスクに戻る上司を目線だけで追う。その背中に追いつけたら、二人並んで歩けるのだろうか。



 ヨーロッパでは男性がマロングラッセを永遠の愛の証として贈る風習がある

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最期の差し入れ 雪似子 @yukimodoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ