第十話 ますます分からない

 オルカンデラ氏とエリウム先生が激しく火花を散らす中……というか、ほとんどエリウム先生側が一方的に火花を散らす最悪な空気の中、僕らは目的の場所に辿り着いた。

 真新しく清潔な空間だ。かなり広い場所であり、反対側の壁が遠くに見える。外から見た工場建屋の大部分はこの空間に使われているだろう。


「こちらがゴーレムの生産ラインになります」


 剛堂さんが案内したのは巨大な機械の一群だった。フロアいっぱいに並べられた機械群が相互に接続されている姿は、僕が工場という言葉から思い浮かべる姿と違わない。

 ルルとオルカンデラ氏は感心した様子で設備の方に歩み寄っていった。近くで見たいのだろう。僕はあまり関心がなく、大勢から一歩退いたところで見学することにした。隣には同じく表情を変えないままのララが残った。


「今のところ二機種に対応したラインが用意されていますが、設備の組み替えにより機種変更にも柔軟な対応が可能です。なお、製造装置自体もゴーレムでして、少人数のオペレーターで完成品までの製作が可能になっています」


 説明を受けている関係者の一人が手を挙げると、剛堂さんはその人に質問を促した。


「こんな大量のゴーレム、制御面でも魔力面でも、まともに動かせやしないでしょう」

「ごもっともな意見です。皆様は学都を支えるインフラが特殊な魔籠によって中央制御されていることはご存知かと思いますが、この設備にもその技術の一部を応用しているのです。これにより一人の術者が多数のゴーレムを制御することを可能にしています。ちなみに、設備の制御を分割することも可能になっているので、オペレーターの魔力量に応じて人員配置に融通を利かせられることも特徴です」


 回答を聞き終えた質問者はそれで納得したらしく、頷いて下がった。剛堂さんは他に質問がないか聴衆を一通り見た後、説明を再開した。


「さて、話はこのくらいにして、次は実際に動くところをご覧に入れましょう。今回はテストオペレーターを招いております。どうぞ」


 剛堂さんはそう言ってエリウム先生と桃花の方へ視線を向けた。


「アカデミーでテストしたのと同じようにすればいいわ。制御はほとんど自動だから」

「はい」


 エリウム先生の指示を受けて桃花が前に出て行った。大量のゴーレムを同時に制御できる魔籠と、その術者。桃花が今回呼ばれた理由がようやく分かった。

 桃花が設備の前に立って数秒後、駆動音と共に設備全体が動き始めた。設備各所のランプが点灯し、コンベアの上を部品が流れ、設備のアームが器用に組み上げてゆく。設備自体もゴーレムという話なので、ゴーレムがゴーレムを作っている場面だ。


「これってさ、桃花ちゃんだから動かせてるんじゃないのかな?」


 僕がこっそりと隣のララに尋ねてみると、ララが答える前にエリウム先生がこちらを向いた。


「話を聞いていなかったのですか? この設備は術者の魔力量に応じて制御を分けられるのですから、工程を分担していくらか人数を増やせば済むことでしょう」

「あ、ありがとうございます……」


 エリウム先生からの明らかな蔑視を受けながら僕は押し黙った。この人はかなり苦手だ。

 何だか叱られた後のような気分になって肩を落としていると、ララが小さな声で僕に囁きかけてきた。設備の駆動音にかき消されそうなそれに注意深く耳を傾ける。


「ノブヒロさんの疑問、当たらずとも遠からずだと思いますよ」

「どういうこと?」

「実際に工場を稼働する時は、一般の従業員が分担してこれを動かすんですよ。それが出来ることが売りの一つなのに、どうして実演ではそうしないんです? あの人たちはモモカさんの秘密を知らないからこれで納得しているのかも知れませんが、私から見ればモモカさんがスターゲイザーを使って何百体ゴーレムを同時に動かしたところで、そりゃ出来ますよねという感想しか出てきませんよ」

「確かに……」

「それにも関わらず、わざわざスターゲイザーの小型版を作るという手間をかけてまでモモカさんを学都から引っ張り出してきた。全く意味が分かりません」

「まあ今回はデモだから、とりあえず桃花ちゃん一人で済ませとけばいいとか?」

「モモカさんを学都から出すよりも、魔籠技研の技術者を何人か連れてくる方が明らかに楽でしょう」


 少しは考えてくださいと溜息をついた後、ララは続けた。


「パッと思いつく理由は二つ。一つは、実は設備は未完成で、モモカさんとスターゲイザーの力を借りなければ動かせないという可能性です。実演のスケジュールが迫ってきたから、当座を凌ぐためにモモカさんを呼んだ。これなら納得できます」

「下手したら詐欺になりそうだな」

「もう一つは、設備の実演は建前で、モモカさんを呼んだ理由は他にあるという可能性です」


 ララがスッと目を細めて言った。その視線の先には、設備の細部を指し示しながら、関係者たちへの説明を続ける剛堂さんがいる。


「ところで、ノブヒロさんは今回の催しを見てどう思います?」

「どうって?」

「わざわざ家まで直接ノブヒロさんを誘いに来るほど重要な用事だと思いましたか?」

「……言われてみれば、凄いことなのは分かったけど、あんまり僕には関係ないような気がするな」


 関係者の人たちは熱心に話を聞いているし、廊下で聞いたエリウム先生のエピソードから考えても、アカデミーと魔籠技研の協業というのは注目に値することなんだろうと思う。でも、僕を呼んだ意味が分からない。桃花についてもそうだ。ララが言ったように、手間をかけるほどの必要性があっただろうか。何となく剛堂さんらしくないと感じた。


「ゴウドウさんがその程度のことを考えない人だとは思えません。ノブヒロさんを呼んだのも、何か別の理由があるんじゃないでしょうか」

「それは、僕や桃花ちゃんに言えないような理由ってことか」

「そうなりますね」


 剛堂さんは熱心に説明を続けている。

 ギルドの大事な催しに僕を招待してくれたということは素直に嬉しい。一方でララが話してくれた疑問ももっともだ。僕は何を信じているのかもよく分からなくなってしまった。

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